【気候変動に挑む】南極の海と海面上昇のつながりを探る

低温科学研究所 准教授 青木 茂

〈写真〉(撮影:広報課 学術国際広報担当(当時) 菊池 優)

青木 茂 准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

観測が困難とされていた南極のトッテン氷河沖で、世界で初めて集中観測を行うことに成功した第61次南極観測隊(2019年11月~2021年1月)。その観測隊長も務めた、青木 茂 准教授に南極観測の意義とこれからの展望についてお話を伺いました。

南極の氷河の急激な融解 そのしくみを解明する

トッテン氷河は、日本の昭和基地がある広大な東南極において最大級の氷河です。南極の氷河の急激な融解は、これまで西南極の氷河で注目されていましたが、東南極のトッテン氷河も注目されるようになりました。トッテン氷河の氷が全て溶けると、海面が現在より3~4メートルも上昇すると予測されています。そのような重要な場所でありながら、トッテン氷河の過酷な自然環境から、これまで現地での調査は実施することが難しいとされてきた場所でした。第61次隊は、南極の昭和基地への往路と復路の2回、日本の砕氷艦「しらせ」によって、トッテン氷河沖での調査に成功しました。

第61次南極観測隊が辿った航路。砕氷艦「しらせ」は往路と復路の2回、トッテン氷河沖で調査を行った。第61次南極観測隊が辿った航路。砕氷艦「しらせ」は往路と復路の2回、トッテン氷河沖で調査を行った

トッテン氷河沖の観測から見えてきた 海が氷を溶かすメカニズム

陸の上にある氷河・氷床が海に押し出され、海に突き出た部分が棚氷です。トッテン氷河の沖には、巨大な渦があり、その渦によって温かい海水が棚氷の下に流れ込みます。この温かい海水が、棚氷の融解を加速させているという、南極の氷と海水のつながりが第61次南極観測で明らかになってきました。南極の氷の融解は、何千年、何万年かかると考えられていました。しかし、ここ120年、210年というようなスケールで目に見えて南極の氷が減っています。今後、どのようなタイムスケールで南極の氷の融解が進むのかという予測も、今我々が行なっている観測の課題の1つです。

沖側から続く深い谷を通して棚氷の下に温かい海水が流れ込み、棚氷の融解を加速していることがわかった。沖側から続く深い谷を通して棚氷の下に温かい海水が流れ込み、棚氷の融解を加速していることがわかった

長期的なフィールド調査で気候変動の予測に貢献する

人工衛星を使って南極の氷の範囲や厚さから、氷の量を調べることはできます。しかし、南極の氷の融解メカニズムを知るには、実際にフィールドに行って、棚氷の下の海底地形や、海水温や塩分濃度などを調べる必要があります。
第61次隊のトッテン氷河沖の集中的な観測では観測装置を使用して、複数の観測地点でさまざまな深さの水温・塩分濃度の測定と採水を行いました。海水の水温・塩分濃度がどのように分布しているかを調べることで、海水の循環や水塊の存在を予測できます。
また、第61次隊は、トッテン氷河沖に海水温・塩分濃度などを定期的に測定する係留系を設置しました。この係留系が回収されれば、長期的なデータの解析が可能になります。トッテン氷河融解のさらに詳細なメカニズムが明らかになり、世界規模で起こっている気候変動の予測につながることが期待されています。

砕氷艦「しらせ」から観測機器を海中に下ろす様子。(提供:青木茂 准教授)砕氷艦「しらせ」から観測機器を海中に下ろす様子(提供:青木 茂 准教授)

多角的なフィールド調査を可能にする北海道大学

トッテン氷河沖の重点観測では、北大から海洋観測のチーム、氷河観測のチームの大きく分けると2つのチームが参加しました。北大の強みは、現場に出て行って観測をできるスタッフが、さまざまな分野で強力に揃っていることです。実際の海の中の状況を詳しく知るスキルを持ったグループもいれば、氷河を実際にくり抜いて氷河そのもの、あるいは氷河の下の状況を調べる技術に長けたグループもいます。これはなかなか世界的に見てもないこと。さらに大学内でも、氷河グループと海洋グループの距離も近く、コミュニケーションが密に行えることは、北大の強みだと思います。

トッテン氷河(撮影:伊藤 優人)トッテン氷河(撮影:伊藤優人)

国際的な繋がりで進める南極の氷河の研究

トッテン氷河沖の観測には、アメリカ、オーストラリアのチームも参加しています。
アメリカのグループによるアイデアで、「しらせ」からヘリコプターを飛ばして海洋観測を行いました。ヘリコプターを使うことで、今まで行ったこともないような場所でも、安全に観測を行うことができました。また、オーストラリアのグループが持ち込んだ観測装置を、我々日本の観測隊員が海の中に設置して観測を行いました。
最近、トッテン氷河の隣の氷河でも、融解が進んでいることが注目されています。そこでは、オーストラリアが主導し、日本が側面支援をすることで研究を進めています。
南極の氷河と海洋の研究では、全貌を明らかにすることは簡単ではありません。しかし、それぞれの国の強みと経緯を生かしながら分担し、国際的に共同して観測を進めています。

日本の砕氷艦「しらせ」(撮影:平野大輔)日本の砕氷艦「しらせ」(撮影:平野大輔)

トッテン氷河の研究から地球全体の海の循環を明らかにしたい

トッテン氷河での観測に加えて、南極全体でどのように変化が起こっているのかを明らかにしたいと思っています。
トッテン氷河の沖の方から陸へ、温かい海水が近づいていること、また、昭和基地の前にも温かい海水が流れてきていることが徐々にわかってきました。これらは別々の現象ではなく、関連して起きている共通のメカニズムがあるはずです。今後、力を入れてやっていきたいと思っているのは、温かい水が南極の氷を溶かして、溶け出してきた水が、海の深層の循環をどう変えていくのかを明らかにすることです。

観測技術の進歩とともに研究を続けて欲しい

南極の氷や海の変化を理解するためには、長期的に観測を続けていくことが大事です。
海と氷の接する部分には、まだまだ観測されていないところがあります。観測を続けると同時に、新たにもっと効率的で強力な観測手段を発明して欲しいと思います。
海の中は情報が伝達しにくい場所です。しかし、一度、情報が大気に出てしまえば、衛星通信で情報をやりとりすることができます。また最近は、海の中を自律的に動くことのできるロボットも急速に開発され、観測できる範囲が広がっています。
そういった技術的な進展によって、これから氷と海の境界付近の観測は進んでいくと思うので、若い皆さんにそういった新しい観測にチャレンジして欲しいと思います。

コラム:観測隊長として南極に行くこと

観測隊長は、それぞれの観測が円滑に進むように観測全体を指揮したり、観測が実現するように準備をしたりするという役目です。あくまで現地で観測を実際に進めていく主役は隊員ですので、隊長として心がけていたことは、隊員個人個人の実力が発揮できるようにすること。観測がうまく進行するように、気配り、準備に専念しました。
私自身も今回初めての隊長として、うまく務められたかわかりません。けれども、我々の61次隊の観測では、かなりいい成果が得られたので、それなりにうまくいったのではないかと個人的には自画自賛しています。

北海道大学から第61次隊として参加したメンバー。右端が青木茂隊長。(提供:青木茂 准教授)北海道大学から第61次隊として参加したメンバー。右端が青木 茂 隊長(提供:青木 茂 准教授)

ウェブ特集「気候変動に挑む」
南極の海と海面上昇のつながりを探る

[企画・制作]
北海道大学広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
南波直樹(取材・撮影)
川本 真奈美(撮影)
菊池 優(撮影)

[制作協力]
株式会社スペースタイム(文・動画編集)