【気候変動に挑む】増える自然災害を恵みにかえる

農学研究院 准教授 森本淳子

〈写真〉農学研究院 森本淳子 准教授。札幌研究林にて(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

森本淳子 准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

世界的な気候変動に伴い、台風や洪水、山火事など、自然災害の甚大化が進んでいます。一方で、自然の撹乱は私たちに恵みをもたらす森林の保全に必須だといいます。どのように折り合いをつけ、災いを恵みにかえるのか、農学研究院の森本淳子准教授の取り組みついてお話を伺いました。

増える自然災害

私は自然撹乱に対する森林の応答について研究しています。ここ数十年、気候変動に伴って大雨や台風、山火事といった自然撹乱が増えています。そういった撹乱は必ずしも悪いことではありません。倒れた木の上には新しいタネが落ちて芽生えます。上木がない明るい環境で芽生えが育つきっかけになるため、撹乱は森林が更新するために必須です。ただ、近年、台風や大雨の強大化に伴って、今までになかったような規模で被害が出るようになってきました。森林が破壊され、その健全性が保てなくなると、土砂災害や倒流木の増加といった二次的な被害も起こりやすくなります。地球規模で言えば、陸上の炭素の8割は森林に固定されていますので、温暖化対策という意味でも、森林の健全性を保つことは大変重要です。

2018年北海道胆振東部地震後の厚真町の森林。地震に起因する表層崩壊により森林が広範囲で倒壊した。(提供:森本淳子 准教授)2018年北海道胆振東部地震後の厚真町の森林。地震に起因する表層崩壊により森林が広範囲で倒壊した(提供:森本淳子 准教授)

倒木リスクを見極め、対策を練る

私たちは台風などによる撹乱の後、実際に森に入って被害の状況を調べています。全ての木が倒れるわけではなく、ある木は倒れるし、ある木はそのまま残ります。一般的には単一種の人工林よりも多様な樹種からなる自然林の方が強風に強いことが知られています。人工林では同じ条件で一斉に倒れてしまいますが、自然林では強風に対して強い樹種が含まれている可能性があるためです。

私たちの研究では、どういった条件で木が倒れやすいのかを知るために、森林の構造や地形、土壌、風速、雨量といった様々な環境条件と、被害状況との対応を詳しく分析しています。そういった研究を進めることで、どのような条件でどのような木が倒れ、どのくらいの被害が起こるのか、ある程度予測ができるようになります。実際、私たちの解析から、尾根筋の森林や強風が正面から吹き付けた斜面で倒木が多いことや、降水量が多いほど倒壊しやすいことなどが分かりました。そこで、今後はこういった場所での造林を避ける、あるいは、強風に強い樹種で造林するなどの対策が考えられます。

フィールド調査の基本セット。左から剪定バサミ、木の高さを測る道具、光量計。フィールド調査の基本セット。左から剪定バサミ、木の高さを測る道具、光量計

自然のレジリエンス(回復力)を生かした森林再生
もう一つ大事なのが、倒壊してしまった森林をいかに再生するかです。倒壊後の森に人がどのように介入すれば速やかに再生し、20年後、50年後に健全な森が育つのかを調べています。そこで大事な鍵を握るのが自然撹乱後に残された生物で、私たちはこれを生物学的遺産、またはバイオロジカルレガシーと呼んでいます。倒木や倒れずに残った小さな植物体、動物や昆虫、菌類などを含みます。

これまで、自然災害後、倒木などはきれいに片付けて人工的に緑化・植林するのが一般的でした。ところが、私たちの研究は、これが森林再生という意味では逆効果であることを示しています。バイオロジカルレガシーが多い方が、つまり、手入れせず自然の力に委ねた方が森林の再生は早いのです。せっかく手を入れているのに、少し皮肉ですよね。上層木が倒壊した森林でも、小さな木は倒れずに残っていますし、土の中には多くの種や根が残っています。次世代のシーズはしっかり残っているのです。倒木はそういったシーズを鹿などの食害から守る役割を果たしますし、腐敗すれば飛んできたタネの発芽床となり、森林土壌に栄養を与えます。一見役に立たなそうな倒木も次世代を育てるために役立っているのです。これからは、バイオロジカルレガシーを生かし、自然な回復を見守るような森林再生も必要だと思っています。実際、そういった取り組みを2018年の胆振東部地震後の安平町と厚真町で始めています。

北海道千歳国有林における暴風被害後の森林再生。倒木を運び出し植樹した場合(上段)よりも、倒木などのバイオロジカルレガシーを残置した場合(下段)の方が15年後の再生は進んでいた。(提供:森本淳子 准教授)北海道千歳国有林における暴風被害後の森林再生。倒木を運び出し植樹した場合(上段)よりも、倒木などのバイオロジカルレガシーを残置した場合(下段)の方が15年後の再生は進んでいた(提供:森本淳子 准教授)

時間と空間を味方につける

森林研究は、30年、50年、70年と、大変長いスパンでものを考える必要があります。そのために有効なのが過去の記録、特に空中写真です。戦後、日本各地で定期的に撮られている空中写真を利用すれば、被害の空間的な規模や被害発生前後の森の様子を知ることができます。それに加え、被害発生時に地上で取られたデータやその後の森林管理の記録を遡ったり、実際に現場に行って今どんな森になっているのかを調べることもあります。最近ではドローンを飛ばして全体を把握し、着目すべき場所を絞ってから現場観測に行くこともできます。

過去を遡る一方、将来を予測するシミュレーションモデルも開発されています。過去の記録を元に、ある環境において森林がどのように成長するのかを予測することができるのです。これから気候変動で気温が上がったり、降水量が増えたりした際に、森林がどのように応答するのかも少しずつ予測できるようになってきています。

2018年の北海道胆振東部地震後のバイオロジカルレガシーを活かした森林再生の実験。ドローン撮影画像を用いてマッピングしている。(画像提供:春口菜帆、 Flavio Furukawa)2018年の北海道胆振東部地震後のバイオロジカルレガシーを活かした森林再生の実験。ドローン撮影画像を用いてマッピングしている(画像提供:春口菜帆、 Flavio Furukawa)

2004年の台風18号が研究の転機に

私は以前、里山と人間の関係について研究していました。自然撹乱ではなく、人為撹乱の方ですね。昔話に「おじいさんは柴刈りに」というフレーズが出てくるように、以前は人が身近な山に入って柴を刈り、薪を伐り出し、それらを利用してきました。里山では人の活動によって独特な生態系が保たれていたのですが、近年では人が山を利用しなくなり、生態系も変わりました。貴重な里山生態系がどれだけ残されているか、どうすれば保全できるのか、という研究をしていたのです。

ところが、2004年に北海道に上陸した台風18号の被害を目の当たりにして、研究の方向性が大きく変わりました。森林が非常に広い面積で倒壊し、壊滅的な被害を受けました。生態系が大規模に破壊される現場を見ることはそれまでなかったので、現在の自然撹乱研究を始める大きなきっかけになりましたね。

北海道で森林研究をする意味

北海道でみられる典型的な針広混交林。(提供:森本淳子 准教授)北海道でみられる典型的な針広混交林(提供:森本淳子 准教授)

北海道は原生的な自然が多く残っています。北大から車を少し走らせれば大雪山系もありますし、フィールドが近いことは大きなメリットです。また、北海道は広いので、森林が破壊された後も手付かずのまま残されるケースも多くあります。人が手を入れて再生している森と、自然に再生している森とを比較研究しやすいことも大きな魅力です。

フィールドに出ると、いつ行っても新しい発見があります。もう分かっていると思っていても、新しい発見がありますし、予想外のことが起きるので楽しいです。一方、天候が悪くて調査地にたどり着けないことや、鹿や熊などの野生動物に遭遇する危険もあります。ですから、研究室では安全対策をして、お互いに注意喚起しながら楽しくやっています。

森林生態系を理解するためには樹木だけでなく下草も重要。フィールド調査で採取した葉を標本にして種類を同定する。森林生態系を理解するためには樹木だけでなく下草も重要。フィールド調査で採取した葉を標本にして種類を同定する

森で感じる自然の偉大さ

フィールドに出て観察していると、森には自律性があることがわかります。自分の力で更新して、枯れてもまた次世代が育っていく。そこに人の力は要りません。自然の力が偉大なのに対し、人の力が非常に限られていることを感じます。世界中で気候変動が大きな関心事になっていますが、長い地球の歴史を見れば暖かい時もあれば寒い時もありました。森が全くない時代だってありました。それを考えると、今、私が目の前にしている森が、破壊された状態であれ、老齢の森であれ、すごくラッキーだなと感じます。長い地球の歴史を考えると、森のいろいろな姿に出会えることが、幸運なことだと感じます。

札幌キャンパス内にある研究林で森林調査の方法を説明する森本准教授。(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)札幌キャンパス内にある研究林で森林調査の方法を説明する森本准教授(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

未来に森を引き継ぐ

森林を健全に保つことは、私たちが豊かに生きていく上での基盤だと考えています。単に木材を得るとか、山菜をとるとか、そういった生産的な価値だけでなくて、森の中を歩いていると癒されますよね。森も変わりつつありますが、どんな森であれ、子供たちに自然の力を感じさせますし、子供の成長に役立つと思います。森林を保つという意味でも、まっさらにして期待するものだけを植えるのではなくて、子供や地域の人たちが、近くの自然や森に愛着と関心を持って一緒に育てていくことが大事だと思います。2018年の胆振東部地震では台風と地滑りで多くの森が倒壊しましたが、残ったどんぐりを子供たちと拾って、ミズナラの苗を育て、それを崩れたところに戻す活動も行いました。長期にわたって、世代を超えて地域の人々が森に関心を持っていくことを期待しています。私も、バイオロジカルレガシーを生かした森林再生を災害後の生態系管理の一つのオプションとして示せるように、実践例や科学的なエビデンスを積み重ねて行きたいと思っています。

2018年北海道胆振東部地震後の森林再生活動。(左)森林から採集した種や苗を育てる様子。(右)森林再生活動をおこなう農学部実習生(提供:森本淳子 准教授)2018年北海道胆振東部地震後の森林再生活動。(左)森林から採集した種や苗を育てる様子。(右)森林再生活動をおこなう農学部実習生(提供:森本淳子 准教授)

【コラム】京都での思い出

私は京都出身で、子供の頃は近くの山で木登りばかりしていました。花も好きだったので、たくさん集めて押し花にしたり、色水を作ったりして、もう1日中山で遊んでいましたね。でもその時の山は、大人になってから行くと大きく変わっていました。以前は松林がたくさんありましたが、今はシイやコナラの森に変わっています。私たちは森に静的なイメージを持っているかも知れませんが、それは幻想で、実は撹乱を受けてダイナミックに変化しているのです。それも森が持つ魅力の一つです。

(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

【国際連携機構/ 広報・社会連携室 南波直樹】

ウェブ特集「気候変動に挑む」
氷河の底から探る、海洋・生物・社会への影響


[企画・制作]
北海道大学国際連携機構、社会共創部広報課学術国際広報担当
南波直樹(取材・文)
Aprilia Agatha Gunawan(撮影)

[制作協力]
株式会社スペースタイム(動画編集)