氷河を溶かす微生物の謎

北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林 准教授 植竹 淳

<写真>北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林 植竹 淳 准教授(撮影:長尾美歩)

氷河と聞くと真っ白な大地を想像しますが、近年暗色化が進んでいることが問題になっています。この暗色化の原因は春先に氷河・氷床中に増殖する微生物です。この謎の多い雪氷微生物の研究を進めているのが、苫小牧研究林の植竹淳さんです。

雪の表面が黒ずんだグリーンランドの氷河(提供:植竹 淳 准教授)雪の表面が黒ずんだグリーンランドの氷河(提供:植竹 淳 准教授)

植竹さんは山やアウトドアが好きだったことから、氷河での研究に興味を持ったといいます。氷河の中に生息する雪氷微生物の生態系や生活環を研究することは、氷河を深く知ることに繋がるのではないかと考えたところから、植竹さんの微生物研究が始まりました。それ以来、植竹さんはグリーンランドや、アフリカの高山帯などに氷河を求めて世界中を飛び回ってきました。博士号取得後は国立極地研究所での勤務を経て、コロラド州立大学で研究を続けてきましたが、現在は北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林に拠点を移しています。

北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林 事務所 北大札幌キャンパスから約60km、車で約1時間 (撮影:立花陽菜)北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林 事務所 北大札幌キャンパスから約60km、車で約1時間(撮影:立花陽菜)

苫小牧研究林について

苫小牧研究林は約2,700 haの面積を誇り、樽前山の噴火の影響で全域が火山灰性土壌で覆われ、冬は雪に包まれています。北海道大学の研究林は、森林への窒素散布や地滑り環境の再現など、大規模操作実験を得意としています。苫小牧研究林では、林内に流れている幌内川のサクラマスの腹にICチップを埋め込み、行動をモニタリングする研究も行われています。また、所有している日本最大級の森林クレーンでは、林冠(葉が繁る木の上部)に直接手を触れて観測や採取をすることができます。苫小牧研究林は、地域に開かれた大学として社会貢献をするという理念を持ち、その一環として林内の一部を一般に向けて開放しています。地域の住民に研究内容を紹介したり、子ども向けの体験学習イベントを開催したりといった試みも行っています。植竹さんは、地域の住民に苫小牧市の環境変化を伝えるような活動もしていきたいと話します。

苫小牧研究林を流れる幌内川 (撮影:長尾美歩)苫小牧研究林を流れる幌内川(撮影:長尾美歩)

雪氷微生物とは

植竹さんの話によると、雪が緩んで水分を含むと、その水をつたって地表から微生物が雪中に移動し、そこで光合成をして増殖します。雪の表面は日射とその照り返しが強く、そのままの光の強さでは光合成が阻害されてしまいます。そこで雪氷微生物はサングラスのような働きを持つ二次色素をつくり、強い光を弱めることで身を守っています。

雪氷微生物の活動について解説する植竹さん (撮影:長尾美歩)雪氷微生物の活動について解説する植竹さん(撮影:長尾美歩)

このような二次色素を持つ微生物が大量に増殖することで、氷河の表面が暗色化するのです。微生物によって暗色化が起こると太陽光の反射率が低下し、氷河の融解が促進されます。これを「バイオアルベド効果」と呼びます。光の反射率は暗色化が起きていないきれいな氷であれば40%ほどですが、暗色化が生じた場合20%まで低下することがわかっています。「地球温暖化が進み極域の温度が高くなると、雪氷微生物が増殖しやすくなり、ますますバイオアルベド効果を引き起こすようになるでしょう」と植竹さんは話します。

現在海水面は年に約3.6 mm上昇しています。このままのペースで氷河の融解が進行すれば、2100年には0.8 mまで上昇すると予測されていますが、ここにバイオアルベド効果は勘案されていません。また、雪氷微生物が雪溶けとともに海洋に流れ込み、海洋生態系にも影響を及ぼしている可能性があります。雪氷微生物を駆除することもできますが、氷河の規模はあまりに大きいため実施するのは現実的ではありません。雪氷微生物に関しては分かっていないことが多いため、まずは生活環を明らかにし、その影響を適切に評価することが第一の目標だといいます。

身近な雪氷微生物

グリーンランドのみならず、雪氷微生物の増殖は日本でも見ることができます。植竹さんは雪氷微生物を日本各地でサンプリングして調査しています。特に苫小牧研究林で見られる緑藻類の遺伝子型は特徴的であることが分かっています。このような地域差が生じる原因はまだ明らかになっていませんが、植竹さんは雪氷の下の植生も原因の一つだと考えていて、その詳細や影響を調べようとしています。

三月上旬に苫小牧研究林で見られた緑雪 (提供:植竹 淳)三月上旬に苫小牧研究林で見られた緑雪(提供:植竹 淳)

微生物が天候を左右する

植竹さんは、空気中に浮遊する花粉や微生物など、「バイオエアロゾル(バイオ:生物、エアロゾル:大気中に存在する微粒子)」についても研究を進めています。バイオエアロゾルはこれまであまり注目されていませんでしたが、近年では様々な役割を果たしていると考えられています。例えば、雲には水と氷の2種類の形態がありますが、バイオエアロゾルは氷結晶形成の核として働き、鉱物など他の核と比べて高い温度で氷形成を引き起こすそうです。このことから、気象変動による微生物の変化が気象の変化を作り出しているのではないかと植竹さんは考えています。

植竹さんは現在、苫小牧研究林の森林バイオエアロゾルを連続でサンプリングし、微生物の季節変動について研究しています。バイオエアロゾルを調べることで、地球全体の大気の大循環による微生物の移動を明らかにすることが最終的なゴールだと話します。「バイオエアロゾルについては局所的であってもわかっていないことが多くあります。空気中に確かに漂っている存在ではあるものの、生態系や気象にどれほど関与しているのかなど、興味は尽きません」。

バイオエアロゾルのサンプリングの様子 (提供:植竹 淳)バイオエアロゾルのサンプリングの様子(提供:植竹 淳)

リスクを恐れずに挑戦する

植竹さんは「縛られない自由な研究をすること、フィールドをうまく使って他の人がやってないことをすること」を心掛けていると話します。「現場に出ると新しいことが見えてきます。学生の皆さんにはリスクを恐れず挑戦してほしい」。

苫小牧研究林では、学生実習や試験研究以外にも、樹木園の散策やバードウォッチングなどを楽しむことができます。今年の3月、植竹さんを中心に苫小牧研究林の魅力をより多くの人に伝えるためのクラウドファンディングが行われました。集まった寄付は森林資料館の休日開放や散策路の整備などに活用されます。この機会に自然豊かな苫小牧研究林を訪れてみてはいかがでしょうか。

苫小牧研究林 森林記念館(撮影:広報課 広報・渉外担当(当時) 齋藤麻衣)苫小牧研究林 森林記念館(撮影:広報課 広報・渉外担当(当時)齋藤麻衣)

【北海道大学 広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 サイエンス・ライティング・インターン立花陽菜(水産学部4年)】

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