多様なフィールド体験を提供する臼尻水産実験所

北方生物圏フィールド研究センター 臼尻水産実験所所長 教授  宗原 弘幸

<写真>臼尻水産実験所所長 宗原 弘幸 教授(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

北海道大学は、札幌キャンパスと函館キャンパスに加え、実に多くの研究林、実験農場、臨海実験所といったフィールド研究施設を有しています。これらは、農学部、理学部、水産学部に所属していましたが、2001年以来、北方生物圏フィールド研究センターとして統合的に運用されてきました。

そのようなフィールド施設の一つが臼尻水産実験所。函館キャンパスから車で1時間ほどに位置し、研究や教育実習に年間を通じて活用されています。所長の宗原弘幸さんは、「臨海実験所は人里離れたところにあることが多いですが、臼尻水産実験所は函館キャンパスや函館空港からもアクセスが良く、学内だけでなく、国内外から多くの研究者が訪れます」と話します。

小さな岬の先端に位置し、文字通り海に囲まれた臼尻水産実験所(中央の白い建物。函館市街から車で約30分)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)小さな岬の先端に位置し、文字通り海に囲まれた臼尻水産実験所(中央の白い建物。函館市街から車で約30分)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)
臼尻水産実験所の門構え(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)臼尻水産実験所の門構え(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

同実験所の特徴は、寒流と暖流がちょうどぶつかる場所に位置するため、それらによって運ばれてきた多様な生物種がみられること。プランクトンや海藻、フジツボなどの無脊椎動物、イカやタコなどの頭足類、300種を超える魚類がこの海域に棲んでいて、固有種もみられるといいます。「北方沿岸生物の生態を明らかにし、いかに海と付き合うか、いかに自然と調和するのかを示すのが私たちのミッションの一つです」と宗原さん。

(動画)臼尻臨海実験所近くの海でみられる多様な生物(臼尻オンライン実習コンテンツより。同コンテンツでは魚釣りゲームを楽しみながら統計学を学べる)

施設は主に研究棟と宿泊棟からなります。研究棟は老朽化に伴って2019年に建て替えられ、飼育室、実験室、顕微鏡室など、遺伝子実験も可能な近代的な設備を備えています。また、海水を目の前の海からポンプで汲み上げ、いくつかの沈殿層を経て飼育室や実験室に供給しています。海水をふんだんに使えるのは臨海実験所ならではの利点で、研究用のアイナメやカジカなどの飼育に利用されています。宿泊施設は75人が一度に滞在可能で、水産学部の実習などに活用されています。

2019年に新たに整備された近代的な実験室(左)と実習室(右)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)2019年に新たに整備された近代的な実験室(左)と実習室(右)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

30年間所長を務める宗原さんは、大学で物理化学を学び、卒業後は医薬品製造会社で働いたものの、「一生の仕事にするなら子供の頃から好きだった海や魚を相手にしたい」と思い、水産学の道に入ったと言います。その後、非常に稀なアイナメの雑種交配を発見し、その仕組みを希少種の保存に応用する研究を進めてきました。また、交尾するカジカと交尾しないカジカを題材にした研究も行ってきました。生物は海から陸に上がる過程で、水中での受精ではなく、交尾が必要になったと考えられています。その進化の過程に関するヒントがカジカから得られると言います。

飼育室でアイナメの雑種交配について説明する宗原所長。水槽には海水が直接引き込まれている(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)飼育室でアイナメの雑種交配について説明する宗原所長。水槽には海水が直接引き込まれている(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

そんな宗原さんは、臼尻の海に変化を感じると言います。「温暖化に伴い、寒流系の生き物が減り、暖流系の生き物が増えています。例えば、天然昆布が減る代わりに、以前は太平洋側にはいなかった蝦夷アワビが増えていたり、フグも増えています。地元の漁師さんたちは、こういった変化にも対応する必要があるのです」。また、気候変動だけでなく、昆布用の養殖網への産卵によって、アイナメが増えるといったことも起きているそう。人工物による生態系への影響も重要な研究テーマの一つだと言います。

ウェットスーツやドライスーツを着て海中を調査する(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)ウェットスーツやドライスーツを着て海中を調査する(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

臼尻水産実験所は、同じく北大の道内施設である七飯淡水実験所、忍路臨海実験所と共に、「食糧基地、北海道の水圏環境を学ぶ体験型教育共同利用拠点」として文部科学省に認定され、多様なフィールド実習の場を提供しています。宗原さんは、「このプログラムの特徴は他大学の学生も受け入れていることです。本州では経験できない、暖流と寒流が混ざり合う北海道・臼尻ならではのフィールド実習を提供しています」と話します。

水産学部海洋生物科学科3年生の水圏生物科学実習の様子(月刊うすじり136号より)水産学部海洋生物科学科3年生の水圏生物科学実習の様子(月刊うすじり136号より)

2023年度で退職を予定している宗原さんは、「フィールドに学生を出すことや、生き物を飼育するのが容易でない時代だからこそ、臨海実験所でしかできないフィールド体験や研究環境を提供していく必要があります。これからもこの実験所を訪れる皆さんに、北方の海に生きる生物のことを少しでも知ってもらえればと思います」と今後の希望を語りました。

実験所の意義を語る宗原所長(写真:Aprilia Agatha Gunawan)実験所の意義を語る宗原所長(写真:Aprilia Agatha Gunawan)

【文:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹 
コーディネート:北方生物圏フィールド研究センター 林 忠一】

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Fisheries Station offers diverse field experiences