人々の暮らしと文化を豊かにする建築計画学

工学研究院 准教授 野村理恵

〈写真〉モンゴル ホトアイルと呼ばれる数家族で構成される宿営地(提供:工学研究院 野村 理恵 准教授)

工学部研究室にて(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 川本 真奈美)工学部研究室にて(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 川本 真奈美)

家は心の拠り所であり、良い家は暮らしに幸福をもたらす--。社会がこのことを認識し、建築計画学や地域居住学を通じて、人々の生活の向上に貢献する必要があると話すのは、工学研究院 准教授の野村理恵さん。内モンゴル(中国)と日本を中心に、さまざまな場所で研究や支援を行っている野村さんに、建築と地域居住計画の重要性についてお話を伺いました。

野村さんの研究先のひとつである内モンゴル自治区は、中華人民共和国の北部に位置し、モンゴル、ロシアの国境と隣接しています。野村さんは、この3つの国が内モンゴルの牧畜民の文化や居住様式に影響を与えていると考え、それらに焦点を当てた研究をしています。

ゲル(またはユルト)はフェルト製のテントで、モンゴル牧畜民を含む内アジアの人々の伝統的な住居様式です。学校の教科書などには、ゲルや家畜とともに移動しながら生活している遊牧民の伝統的なイメージがよく描かれています。しかしこの描写は、人口構造が大きく変化した現在の内モンゴルの実情を反映していないと野村さんは話します。

ゲルの骨組み(提供:野村理恵 准教授)ゲルの骨組み(提供:野村理恵 准教授)

「内モンゴルには、遊牧牧畜を営む家族はもはやほとんどいません。現在は多くの人が定住型の住宅に住んでいます。このような変化は、農業の影響が古くから根付いている地域を除いて、1978年の中国経済改革によってはじまりました。さらに、21世紀初頭に導入された環境政策によって家畜の放牧範囲が制限されたり、放牧が禁止されたりした地域もあります。その結果、ゲルの利用が大きく変化したのです」

野村さんによると、これらの政策によって、内モンゴルのゲルの一般的な利用方法は大きく変化しました。改革後、人々は固定された家屋に生活基盤を置きながら、放牧中の一時的なテントとしてゲルを利用していましたが、現在ではこの一時的な機能さえも縮小し、伝統文化のシンボルとして、特別なイベントや観光に利用することがほとんどになりました。野村さんは、ゲルの文化保全を目的とした、実用的な機能創出をサポートするための研究を続けています。

内モンゴルで見られるレンガ作りの固定家屋(提供:野村理恵 准教授)内モンゴルで見られるレンガ作りの固定家屋(提供:野村理恵 准教授)

一方、日本での研究では、主に長野や北海道などの寒冷地に住む人々の季節移住に注目しています。季節移住とは、厳しい冬の間、除雪が行き届かない山間地から里場にある学校の寄宿舎や自治体が建設した公営住宅などの共同住宅に移り住むことです。20世紀初頭まで盛んに行われていましたが、その後、衰退していきました。

長野県にある冬季集住施設(提供:野村理恵 准教授)長野県にある冬季集住施設(提供:野村理恵 准教授)

「寒さが厳しい場所に留まることを避け、共同生活によって暖を求めるのは合理的なことです。健康、安全、光熱費の心配も少ない。一方で、住み慣れた場所を離れるのをためらう人がいるのもまた当然です。こうした移転は一部の人々、特に高齢者に、肉体的・精神的負担を強いる可能性があります。誰もが新しい人間関係や環境に、すぐに適応できるわけではありません。そしてこれは、災害時の避難場所でも同じことが言えます」野村さんはこれらの問題を踏まえて、研究室のメンバーと共に北海道内のいくつかの小さな自治体で、老朽化した公営住宅の改修プロジェクトに取り組んでいます。

各国から集まった留学生による研究プロジェクトも野村さんは重視しています。それらの研究の比較によって、国ごとに異なる問題がある一方、根本的には世界に共通する問題があることが見えてくるといいます。

「例えば高齢化問題は、人口の少ない国だけの問題ではありません。インドのように、人口が急増している国が高齢化社会に直面した場合に何が起こるか。高齢者はかなりの人数になりますね。さらに人口が密集するとどうでしょう。衛生面や交通の便などの問題が生じ、地域環境はさらに差し迫った問題になります。建築計画学や地域居住学は、そういった地域の問題を解決するために重要なことなのです」

(撮影:川本 真奈美)(撮影:川本 真奈美)

この記事の原文は英文です(Spotlight on Research: Architecture for the community's well-being | Hokkaido University

【再編:広報課 広報・渉外担当 長尾美歩】