静内研究牧場の道産子たちが笹を食べて森林再生-盤渓で実証実験中

北方生物圏フィールド科学センター 静内研究牧場長 准教授 河合 正人、植物園 助教 東 隆行

北海道大学の静内研究牧場(新ひだか町)の馬たちに笹を食べさせることによって森林を管理する実証実験が、昨年から盤渓(札幌市中央区)の山林で行われています。7月25日(火)、静内研究牧場から5頭の道産子(どさんこ、北海道和種馬)たちがやってきて、今年も放牧が始まりました。馬たちは10月末までこの森で笹などを食べて過ごします。

トラックで到着した静内研究牧場の道産子トラックで到着した静内研究牧場の道産子

道産子による森林管理

繁殖力が強い笹に覆われた森は、太陽光が遮断されるため、他の植物が生育しづらく、伐採後の樹木の再生や、植物種の多様性などにとって大きな課題となっています。そこで、静内研究牧場では60年以上にわたり、道産子を森林で放牧し、笹などを食べてもらうことで、豊かな森をつくる研究が行われています。現在、笹などを除去するために、ブルドーザーを使った「かき起こし」が一般的に行われていますが、この場合、笹と一緒に表土も取り除かれ、育つ樹木が偏ってしまいます。しかし、馬の放牧による森林管理では、土に養分が残り、より多様な植物が再生されるといいます。

静内研究牧場の森林での馬の放牧の様子(2020年1月に撮影)静内研究牧場の森林での馬の放牧の様子(2020年1月に撮影)

北方生物圏フィールド科学センター 准教授で静内研究牧場長の河合正人さんは、「家畜というと食べるもの、肉、ミルクなどをつくるために飼育するイメージがありますが、それだけではなく森林管理にも役立ちます。道産子たちが、高さ2 mくらいまでの笹などの草木を食べることによって、見通しが良くなり、獣害対策としての効果も期待できます。管理された森は、鹿やクマなどの野生生物が暮らす森と、人が暮らす市街地の間を区切る良い緩衝帯になるのです」と話します。

北方生物圏フィールド科学センター 准教授で静内研究牧場長の河合正人さん)北方生物圏フィールド科学センター 准教授で静内研究牧場長の河合正人さん

盤渓の森で実証実験

札幌でも、昨年から静内研究牧場の道産子たちによる森林管理の実証試験がスタートしました。馬たちが放牧されているのは、札幌の洋菓子店「きのとや」の関連会社「ユートピアアグリカルチャー」が所有する「盤渓農場」の山林。昨年は、9月中旬から12月中旬までのおよそ3カ月間、9頭の道産子が放牧されました。その結果、1平方メートル当たりの笹の重量がおよそ500 gから150 gにまで減ったそうです。

今年も7月25日の昼頃、静内研究牧場から盤渓に5頭の道産子たちが到着しました。体重や体高(肩までの高さ)、胸囲、管囲(左前脚の太さ)などを測定したあと、放牧を開始しました。馬たちは10月末ごろまで約6ヘクタールの山林で、笹などを食べて過ごします。

放牧前に馬の体重などを測定放牧前に馬の体重などを測定

植物分類学が専門の北方生物圏フィールド科学センター 植物園 助教 東 隆行さんは、この山林の植物相を調査しています。この山林で生育する植物種(維管束植物種を全て)を記録するとともに、比較のために柵で囲った馬が入れない区画を設け、馬による被食の効果を観察しています。東さんは、「笹は再生力が高いのですが、馬がくり返し食べることで地下茎が衰退し、数年かけて笹が減少していくと思っています。ですから今後も毎年同じ時期に調査して、笹の量と植生の変化を見ていく予定です。ただ昨年、咲くと枯れるといわれる『笹の花』が見られた区画では、馬に食べられた後、笹があまり回復していません。その区画では、予想より早く笹が減少し、その後、新たな植物が生えてくるかもしれません」、と話します。

北方生物圏フィールド科学センター 植物園 助教 東 隆行さん(撮影:広報課 広報・渉外担当 長尾 美歩)北方生物圏フィールド科学センター 植物園 助教 東 隆行さん(撮影:広報課 広報・渉外担当 長尾 美歩)
昨年も今年も盤渓の山林で笹の花が見られた。花が咲くと笹が枯れると言われる昨年も今年も盤渓の山林で笹の花が見られた。花が咲くと笹が枯れると言われる

磐渓での実証実験は、河合さんと東さんらが連携して、まずは5年間継続して行うそうです。その間、森がどのように変化し、どんな植物が育つのか、今後に注目です。

道産子の新たな就職先

河合さんは今後の展望について、「新しい就職先をつくることで、今絶滅の危機に瀕している北海道の在来馬『道産子』を守ることにもつなげていきたいと考えています」と、語ります。乗用馬としてのポテンシャルもあるという道産子(北海道和種馬)。道産子たちがつくった森を、道産子に乗って散策できる日が来るかもしれません。

静内研究牧場長の河合正人さん(右から2人目)と、作業を手伝いにきた農学院 博士課程1年 櫻井駿平さん(左)、農学研究院 准教授 三谷朋弘さん(左から2人目)、環境科学院 手島佳裕さん(右)静内研究牧場長の河合正人さん(右から2人目)と、作業を手伝いにきた農学院 博士課程1年 櫻井駿平さん(左)、農学研究院 准教授 三谷朋弘さん(左から2人目)、環境科学院 手島佳裕さん(右)
放牧地の山を駆け登っていく道産子たち放牧地の山を駆け登っていく道産子たち

【文・写真:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 川本 真奈美】