【動画公開】知のフィールド #8 北海道大学 天塩研究林「守り育てる最北の森」

北方生物圏フィールド科学センター 教授 高木健太郎

<写真>ドローンで撮影した天塩研究林。中央に見えるのは、高さ30 mの観測タワー(撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)

札幌キャンパスから車で北へ5時間の幌延町に位置し、大学の研究林としては日本最北にある天塩研究林。1912年(大正元年)に設立されてから110年以上、原始の森から植林地まで、多様な森を守り育て続けています。 映像シリーズ「知のフィールド」の第8弾「守り育てる最北の森」では、研究者や学生、職員たちの声とともに、天塩研究林の様子をお伝えします。

知のフィールド #8 北海道大学 天塩研究林「守り育てる最北の森」

広大で多様な森を持つ研究林

天塩研究林の敷地面積は約2万2,500 haで、東京ドーム約4,800個分にもなります。隣接する中川研究林、雨龍研究林と合わせて北三林と呼ばれ、その総面積は6万ha以上。ひとつの大学が所有する研究林としては、世界でも最大規模といいます。エゾヒグマやオオワシ、イトウ、ヤマメなど、多くの野生動物や魚類、テシオコザクラなどの固有の植物もみられ、森林科学のみならず、生態学や地質学など様々な分野の研究者が訪れます。また、こうした自然環境を生かして、本学だけではなく国内外の大学生・大学院生向けの実習に利用されています。

北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林長 教授の高木健太郎さんは、「研究者が求める森林はそれぞれ違うので、いろいろなタイプの森林を持っていることが強みだと思っています。森林改変できる技術職員や森林技能職員たちの存在も重要です」と天塩研究林の魅力を語ります。

北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林長の高木健太郎 教授。遠くに見える山々まで、すべて天塩研究林の風景北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林長の高木健太郎 教授。遠くに見える山々まで、すべて天塩研究林の風景

大規模で長期的な炭素循環の観測

広大な敷地や重機、技術スタッフを有する天塩研究林では、大規模で長期的な野外実験が行われています。そのうちのひとつが「森林の炭素循環機能に関する観測研究」。人間の働きかけが森林の二酸化炭素吸収能力に与える影響を明らかにするために、2001年から継続しています。13.7 haの天然林を伐採、その後、約3万本の苗木の植林を行い、森林伐採、植林、育林の過程を経て、CO2の吸収量がどのように変化するのかを長期的に観測しています。

森林が放出・吸収するCO<sub>2</sub>量を観測する高さ30 mのタワー
森林が放出・吸収するCO2量を観測する高さ30 mのタワー

「伐採によって森林は吸収源から排出源に変わります。伐採した木が生態系から木材として出ていく以外にも、目に見えない形でどんどん分解が進んで大気にCO2を出します。伐採によって大気に放出したCO2をすべて回収するまでには、18年もかかることがわかりました」と、高木さんは話します。

木材生産と森林管理

教育研究だけではなく、木材生産も行っている天塩研究林では、技術職員たちが森林管理に活躍しています。林業業界全体として担い手不足が課題となっているなか、若手も他の職員たちに支えられながら奮闘しています。高校の先生の紹介で天塩研究林に就職して3年目(取材当時)の山本裕梨佳さんは、「もっともっと林業人というか、山の中で働く人間として、チェーンソーの技術や、機械に乗っての操作などもしっかりできるようになって、一人前になれたらと思っています。研究者や学生の皆さんから、やりたいことを聞かせていただいたら、自分もすごく興味が湧きますし、幾らでも力をお貸ししたいです」と研究支援にも意欲をみせます。

森林技能職員の山本裕梨佳さん森林技能職員の山本裕梨佳さん

天塩研究林が所属する北方生物圏フィールド科学センター 森林圏ステーション北管理部では、2020年に高性能林業機械を複数台導入しました。これによって、立ち木を切り倒し、集積するといった作業の効率が、圧倒的に向上したといいます。

天塩研究林 技術専門職員の藤田 達也さんは、「今まで人が木をチェーンソーで倒して、ブルドーザーなどで引っ張ったりして作業していたのですが、高性能林業機械を入れることによって、1.5倍から2倍ぐらいのスピードで作業が進むようになりました」と話します。

高性能林業機械フェラーバンチャ(立木を切り倒し、そのまま掴んで集積する機械)と天塩研究林の職員たち。中央が高木研究林長。右から2番目が藤田 達也 技術専門職員高性能林業機械フェラーバンチャ(立木を切り倒し、そのまま掴んで集積する機械)と天塩研究林の職員たち。中央が高木研究林長。右から2番目が藤田 達也 技術専門職員

大学院生たちの研究フィールドとして

天塩研究林をフィールドに研究している大学院生にお話を伺いました。環境科学院 修士課程2年(取材当時)の馬 鋭麒(ま えいき)さんは、微生物の活動や根の呼吸などにより土壌から放出されるCO2量が、温暖化の影響でどのように変化するかを調べています。「今年は(人工的に起こしている)温暖化を停止する実験もやっていて、もし温暖化が停止したら、どのような変化が起きるのかを調べています。将来は、森林に関連する仕事に就きたいので、頑張っています」と、話します。

環境科学院 修士課程2年(取材当時) 馬 鋭麒さん環境科学院 修士課程2年(取材当時) 馬 鋭麒さん
土壌から放出されるCO<sub>2</sub>量を測定する装置土壌から放出されるCO2量を測定する装置

環境科学院 修士課程1年(取材当時)の細田理仁(ほそだ りひと)さんは、地上と航空機観測によるデータを用いて、天塩研究林全体の森林現存量や炭素蓄積量の調査などを行っています。学部生の頃は沖縄に住んでいたそうです。「学部の頃やっていたことに繋がる研究ができる場所を探して、北海道大学にやって来ました。一番北の森で、かなり広いスケールで研究できることに惹かれました。天塩研究林の古い森には、両手で抱えられないぐらいの太さの木が何本も立っていて、沖縄の森とは随分違うと感じています。やっぱりすべてが大きいですね。」と天塩研究林の特徴を語ります。

環境科学院 修士課程1年(取材当時) 細田理仁さん環境科学院 修士課程1年(取材当時) 細田理仁さん

学生サークル「クマ研」のフィールドとして

学生サークル「北大ヒグマ研究グループ(通称、クマ研)」も天塩研究林を調査フィールドとして活用しています。1975年から40年以上にわたって、クマの生息数の調査などを行ってきました。天塩研究林でのフィールド調査の経験を生かしてそのまま大学や研究機関の研究者になる学生も多いといいます。2021年8月には、クマ研OBが中心となって、40年分のヒグマの痕跡(糞や足跡)データの解析結果を学術論文として発表しました。

ヒグマの背こすりの痕跡を観察ヒグマの背こすりの痕跡を観察
自動撮影カメラでとらえた背こすりするヒグマ(提供:環境科学院 博士課程 勝島日向子)自動撮影カメラでとらえた背こすりするヒグマ(提供:環境科学院 博士課程 勝島日向子)

代表を務める法学部2年(取材当時)の山本大河さんは、「北大は、自然に触れ合う活動がたくさんできる大学だと思いますが、それでもクマ研くらい自然に入り、野生動物を追いかけているサークルはなかなかないと思います。ちょっとでも興味があれば、北大やクマ研に行ってみたいと思ってくれたら嬉しいです」と話します。

法学部2年(取材当時) 山本大河さん法学部2年(取材当時) 山本大河さん

また、同じくクマ研に所属する環境科学院 修士課程2年(取材当時)の三枝弘典さんは、「ほ乳類の研究において、50年もの歴史を持った長期データは意外と少ないんです。市民科学で得られたデータを用いた個体数推定の論文もそうなのですが、一人一人のやってることは、ただただ山を歩いて痕跡を見つけてというだけですが、その積み重ねが大きな科学的データになるのはとてもいいことだと思っています。クマ研に入ってフィールドワーク経験が豊富にできたことは、修士課程での私自身の研究にもとても役立っています。」とクマ研の魅力を語りました。

環境科学院環境科学院 修士課程2年(取材当時)の三枝弘典さん

天塩研究林はこれからも

高木さんは、「天塩研究林には、多様な自然の中で五感を最大限発揮して研究に取り組む環境があります。フィールド研究の人材育成の拠点として、長年、色々な学生さんたちに活用されてきました。これからも、たくさんのバイタリティーあふれる学生さんたちに利用して欲しいです」と、期待を込めて語ります。

厳しい自然環境にありながら、多くの研究者や学生を惹きつけている天塩研究林。これからも、北の森から世界へ、研究成果を届けていきます。

高木研究林長。海の向こうに利尻富士がみえる
高木研究林長。海の向こうに利尻富士がみえる

【文:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 川本 真奈美、
写真:広報課 広報・渉外担当 長尾 美歩】

「知のフィールド」シリーズとは

北海道大学の研究・教育施設は、札幌・函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積はおよそ7万haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究・教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。

撮影の様子。クマとの遭遇を避けるため、霧が晴れるまでフィールド調査の開始を待つ"撮影の様子。クマとの遭遇を避けるため、霧が晴れるまでフィールド調査の開始を待つ

知のフィールド #8 北海道大学 天塩研究林「守り育てる最北の森」

[出 演]
高木 健太郎(北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林長)
藤田 達也(北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林 技術専門職員)
山本 裕梨佳(北方生物圏フィールド科学センター 天塩研究林 森林技能職員)
馬 鋭麒(環境科学院 修士課程2年、取材当時)
細田 理仁(環境科学院 修士課程1年、取材当時)
山本 大河(法学部2年、取材当時)
三枝 弘典(環境科学院 修士課程2年、取材当時)
北海道大学 天塩研究林の皆さん
北大ヒグマ研究グループの皆さん
鈴木 沙有理(ナレーション)

[テロップデザイン]
岡田 善敬(札幌大同印刷)

[撮 影]
伊藤 広大(GEOGRAMS)
林 忠一(北方生物圏フィールド科学センター)
長尾 美歩(広報課 広報・渉外担当)
Sohail Keegan Pinto(広報・社会連携本部)

[企画・制作]
広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
川本 真奈美(取材:広報・社会連携本部)
早岡 英介(撮影・編集:CoSTEP 客員教授/羽衣国際大学 教授)