農学部の伝統実習「森林科学総合実習Ⅱ」

<写真>伐木運材の現場見学の様子

札幌から北東へ車で約2時間半、北海道雨竜郡幌加内町に位置する雨龍研究林で、農学部森林科学科に所属する2年生の必修科目「森林科学総合実習Ⅱ」が行われました。雪深い冬山に広がる森林の中、34名の学生が寝食を共にし、林業の現場とフィールドで行われる研究を体験しました。

1901年に設立された雨龍研究林は、北大が道内外に所有する7つの研究林うち、最も古い研究林です。施設内には、針広混交林やアカエゾマツの純林など多様なタイプの森林が広がり、長年の調査や研究、森林管理によって、原生的な生態系と希少な動植物の生息・生育の場が保全されてきました。こうした取り組みが評価され、総面積約2.4万ヘクタールのうち鳥獣保護区を除いた区域は、「自然共生サイト」(民間の取り組み等によって生物多様性の保全が図られているエリア)として国から認定されています。

雨龍研究林(提供:北方生物圏フィールド科学センター 森林圏ステーション)雨龍研究林(提供:北方生物圏フィールド科学センター 森林圏ステーション)

雨龍研究林の気候は厳しく、夏は30℃を上回り、冬は-30℃を下回ることもあります。その寒暖差と多雪寒冷な気候が特徴で、真冬には平野部でも2mを超える積雪が見られます。こうした条件下で育まれる自然環境を活用し、森林科学や生態学、環境科学などさまざまな学術研究や学生実習が行われていて、小学生を対象とした体験学習や、森林・林業関係機関の技術研修のフィールドにもなっています。

農学部森林科学科による「森林科学総合実習Ⅱ」は、80年以上続いているという歴史ある実習です。林学や林産学など、森づくりから森林政策、木材の利用方法まで森林に関する幅広い分野をカバーしている学科では、所属する2年生全員がこの実習に参加し、雪が多い厳寒期の森林へ出向いて調査するためのノウハウを学びます。

今年度の実習は、2月16日~20日の4泊5日で行われました。雨龍研究林の庁舎内にある宿舎は8人部屋で、2段ベッドでの生活です。10名の教員が同行し(農学研究院7名、研究林4名)、農学研究院 木材工学研究室 助教の高梨隆也さんが主導しました。

雨龍研究林の庁舎

冬山踏査、冬芽サンプリングとスケッチ

初日はオリエンテーションが行われ、翌日からフィールド活動が始まりました。2日目、まずは「冬山踏査」に出発しました。雪深い冬山をスキーで移動し、冬芽のサンプルを集めます。道外出身の学生も多く、整地されているスキー場とは全く異なる冬山で何度も転んでは立ち上がるという実習最初の関門です。「雪が深いので一度転ぶと起き上がるのが大変なんです。体で覚えるしかないので、転びながら覚えてもらいます」と、高梨さんは笑います。

冬芽は、樹木の種類を特定するために重要なポイントだといいます。森林では冬期に伐採作業が行われるため、葉のない状態で樹種を特定する必要があり、冬芽の付き方が対生(たいせい)か互生(ごせい)かなどを見分けることで樹種を判別します。現場でも研究でも欠かせないスキルです。採取後は、冬芽をつぶさに観察してスケッチし、図鑑と突き合わせて樹種を同定しました。

希望者は山スキー訓練も実施。今年はほぼ全員が参加した
左 右 冬芽のスケッチは、現地スタッフにより優秀スケッチが表彰された

諸現象調査、伝統の「積雪断面観察」

3日目は、5つのグループに分かれ、積雪調査、植生調査、林床調査、凍裂調査、未利用資源調査を行いました。未利用資源調査は、今年初めての試みです。これまで森林の植生や自然現象がメインでしたが、この調査は木材利用に目を向けています。

未利用資源調査に参加した学生たちは、まず雪上車で施業現場へ向かい、どういった木がどのような形で採れるかを見学しました。現場で伐採された木は、パルプ用や燃料用、建材用など用途ごとに分けられます。実際の木材を見ながら、高梨さんはそれぞれの「価格」を学生に伝えたといい、その意図について「木の価値は1立方メートルあたりの価格で決まります。建材用のように高く売れる木もあれば、パルプ材になるような木は非常に安価です。そうした木材をより高く売れば、"山"(林業)は儲かりますよね。では、どう売れば良いか?それを学生たちに考えてもらいました」と話します。

木に付加価値をつけることを軸に、学生たちは、冬芽の雑貨や樹皮を使ったウッドレザー商品などを考案。さらに商品の販売価格を設定し、それを1立方メートル単価に換算して、木の価値をどう高められるか考えました。高梨さんは「僕たちの研究は、常に社会実装を念頭に置く必要があると思っています。だから、現実の山で何が起こっているかを学生に知っておいてほしいし、その重要性を感じてもらいたくて未利用資源調査を用意しました」と、実習の意義を話しました。

今年度の実習をメインで担当した農学研究院 高梨隆也助教(撮影:広報課 広報渉外担当 長尾美歩)

午後は、全員参加の伝統メニュー「積雪断面観察」が行われました。実習は、地面まで穴を掘ることからスタートしました。学生たちは、担当教員の掘削スピードとスキルに驚愕しながらも、幅約20m、深さ約1.5mの縦長の穴を2時間かけて掘りました。完成後は中に入り、積雪の高さごとに温度や密度を測定します。この冬は暖かい日と寒い日が交互にあったため、ざらめ層が作られミルフィーユ状の断面を観察することができました。

積雪の一番上は外気温に近い温度ですが、下に行くほど断熱効果で温度が高くなり、地面との境ではほぼ0℃になっていました。そこでは、土壌から伝わる熱で積雪が少しずつ溶けています。密度を測定すると、雪には空隙が多いことがわかります。断熱効果の要因です。また、地面への荷重や水量として積雪量を知ることもできます。担当の北方生物圏フィールド科学センター 森林圏ステーション・中川研究林 助教の野村睦さんは、長年にわたりこの観察を行っていて、積雪の堆積状態や融雪水の挙動を研究しています。多雪地域では河川流出がもっとも活発なのは融雪期で、このような調査で水循環の研究や防災のために必要なデータを得ることができるといいます。

左 右
地面までの穴を堀り、その断面の温度や密度を計測する

伐木運材の見学、ウィスキー講習、林産試験場の見学

実習後半は、研究林の造材現場で、木を伐採して丸太を運び出す様子を見学し、チェーンソー操作や重機運転、丸太に径級を刻印するなどを体験しました。最終日には旭川にある林産試験場などを訪れ見学し、全行程を終えました。

参加した学生からは、「現場での技術や研究を目の当たりにすることで、これまでの学びが林業界・社会の動きと一つに繋がる感覚を抱くことができた」「未利用材の活用や木材の販路拡大など、ソフト面での林業の改革が急務であると感じた」といった学びへの声に加え、「今までの実習の中でも最も楽しかったうえ、北海道大学農学部森林科学科の良さを感じた期間であった」「仲間との絆を深く構築できたことも大きな収穫」など、仲間と過ごした時間を喜ぶ声もありました。

雨龍研究林庁舎前にて

自身も同学科の出身で学生時代に実習を経験したという高梨さんは、その思いもひとしおのようです。「『同じ釜の飯を食う』経験が実習の最大の魅力です。厳しい環境下で仲間と協力してやり遂げるという経験は、人としての成長につながり、何より共通の思い出になります。僕も同級生に会うと未だに冬山実習の話になります。人生の栄養みたいな実習です」と熱を込めて話してくれました。

研究室を出てフィールドで経験を積み、人間力も育む森林科学総合実習は、これからも実学重視の伝統として続いていきます。

木材工学研究室と雨龍研究林のかかわり

2024年3月、高梨さんは、学部生時代にコロナ禍で森林科学実習ができなかった大学院生を連れて雨龍研究林へ行きました。当時、実験室にある端材を使って木工品を作っていた彼らに、林業の現場を見せ、研究林の木材でも木工品を作れないか、現地スタッフに相談する場を設けたそうです。

それ以降、森林科学科 木材工学研究室では、雨龍研究林の木材を使った商品を製作し、北大祭やサイエンスフェスタに出店しています。「実はその時の経験が、今年の実習で新設した『未利用資源調査』のヒントになったんです。全部つながってますね。今年も学祭前になったら、みんな実験室で木工品づくりに明け暮れるんじゃないかな」と、笑顔を見せる高梨さん。

最後に、実験室の奥に佇むレトロな機械を案内してくれました。大正時代に製造されて今なお現役で活躍しているそうで「木材の強度を測る油圧式の装置で、僕の"推し機械"です」と紹介してくれました。

左 右
(左)雨龍研究林の木材で、学生が作ったクラフト製品
(右)大正時代に製造された材料強度試験機と高梨さん
(撮影:長尾美歩)

【文:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 長谷川 亜裕美
写真提供:農学研究院助教 高梨隆也さん】