
病院では、医師による診察・診断をするだけではなく、看護師をはじめさまざまな医療スタッフによって検査や処置が行われます。また手術後のリハビリを行うときも、専門家の援助を受けます。このように、いろいろな分野のプロフェッショナルが医療の現場に携わっています。北海道大学は1920年に看護法講習科が設置されて以来、90年以上にわたって地域の医療を支える人材を育成してきました。医療現場にはどのようなプロがいて、保健科学の分野ではどのような研究がなされているのでしょうか。保健科学研究院長の伊達広行さんに保健科学の世界を案内してもらいました。
保健科学は医学と同じ医療分野ですが、医学とはどう違うのでしょうか。「ケガや疾病を治療するだけでなく、多くの健常者を相手にしている点が保健科学の特性です。人間が生まれてから死ぬまでの間、健常者、疾病予備軍、ケガの後にリハビリをする人など、幅広くケアします」
たとえば助産師は産前・産後を担いますし、ターミナルケアを担う医療者も保健科学のプロ。このように、人間の全生涯にわたる健康維持・増進を扱う点が保健科学の特色です。
「さまざまな領域からなる保健科学において共通する目的は、『健康を保つこと』、そして、『人間としてよりよく生きること』にあります」と伊達さんは考えます。
看護学の分野は、母性看護学、老年看護学、地域看護学など多岐にわたります。それぞれの領域で長年の経験を必要とするため、病院現場でのトレーニング(臨床実習)を重視しています。また、患者の心理や安楽死の問題などにも関わります。
「看護学は生老病死すべてに関わる『ソフトな科学』。心理学、倫理学、法学など文系的な要素を多く含んでいます。看護学の分野では特にコミュニケーション能力を高めることが必要です。この能力を磨くため、現場をシミュレーションするトレーニング方法があります。また、幅広い教養を身につけ、人間性を養うことで、患者さんに寄り添った対応ができるのです」
次に、病院での検査を担うプロを育成し、その分野の研究を担う、放射線技術科学と検査技術科学の分野を紹介します。
科学技術は日進月歩で進展し、診療放射線技師は高度な医療機器を使いこなさなければなりません。現在はX線装置だけでなく、磁気を使ったMRIや、加速器からの粒子線を発する医療機器なども扱います。
「放射線技師は、たとえば放射線のエネルギーや照射時間を調整して、医師の望む画像を上手に撮影する技能が求められます。よい画像がないと、医師はきちんとした診断ができないのです」という伊達さんは、放射線技師には「職人気質」が必要だと考えています。
臨床検査技師も「熟練の技」が大事です。たとえば超音波検査はマスターするのに時間がかかりますが、研鑽を積むことで腫瘍組織などを瞬時に発見できるようになります。検査技術科学の分野では研究の道に進む学生が多く、研究成果も数多く出されています。
理学療法学と作業療法学の分野は、二つ合わせて「リハビリ」分野と言われます。
理学療法学は運動機能の回復が主な目的。機器を使ってリハビリの運動をモニターする研究やスポーツ医学とも関連します。
作業療法学では、病気やケガをした人が社会生活に復帰するためのリハビリを担います。「身体に障がいをもつ人が楽に座れるための車いすの開発を行う研究もあります。また一方で、精神的な疾病から社会復帰するためのリハビリを担うのも作業療法の仕事です」
北大保健科学研究院は、北海道という地域に位置する教育研究機関としてどのような特色があるのでしょうか。伊達さんは二つの特色を挙げます。
農業が盛んな北海道は食料供給地として食の観点から人びとの健康に寄与しうるといいます。「何を食べれば体にいいか、健康を阻害するものは何かといった食の問題は生活習慣病などに大きく関わってきます。たとえば高度脂質分析ラボラトリーの千葉仁志先生は、安全で適切な食事と健康状態に関わる検査方法について研究しています」
また、北海道は広大ですが人口が減少し、過疎地が増加しています。そこで伊達さんは、遠隔地や過疎地の保健医療の向上などに注目することが必要だと考えています。「広い北海道では、どこにでもすぐに医療スタッフを送ることができません。ですから、ネットワークシステムを使って健康相談ができる小笠原克彦先生の研究は地域の人びとにとって非常に大切。本当に緊急の場合ならドクターヘリを使うでしょうが、健康を害する前やケガをした後などの日常のケアに活用できるでしょう」
最後に、将来の医療を担う若者に対してメッセージをいただきました。「今後は、世界のどこに行っても通用するような医療者・研究者の育成が特に大事になると思います。そのためには、専門性はもちろんですが、日本の歴史を知るとともに、人間の生死について深く理解するなど深い教養を備えておかなければなりません。学生は、そのことを頭に置いて勉強を重ねていってほしいと思います」
医学は疾病や外傷を治すのが主な役割であるのに対して、保健科学は医学をサポートして適切な処置を施すほか、健常者に対しても健康を維持したり、健やかな暮らしのための支援を行う学問であり、そのための専門家を養成する。