人それぞれが感じる距離ー企画展「DISTANCE #学びと距離の物語」【10/25 (日)まで開催】

美術館や博物館で勤務する現役の学芸員などを対象に、さらなる学びの場を提供している「学芸員リカレント教育プログラム(通称:學藝リカプロ)」。2018年から文化庁の助成を受けスタートした3年間の教育プログラムです。現在、北海道大学総合博物館で、學藝リカプロが主催する企画展「DISTANCE(ディスタンス) #学びと距離の物語」が開催中です(25日(日)まで)。

展示室に入ると目の前に大きなタイトルが 展示室に入ると目の前に大きなタイトルが

本企画展は、學藝リカプロの受講生たちが3年間の学びの集大成として、制作しました。受講生たちの指導にあたった學藝リカプロ代表の文学研究院 佐々木亨 教授、専任教員の今村信隆 特任准教授、そして受講生たちにお話を伺いました。

 

■コロナ禍から生まれた展示テーマ「DISTANCE」
學藝リカプロ代表:文学研究院 佐々木亨 教授
學藝リカプロ専任教員:文学研究院 今村信隆 特任教授

2人とも元学芸員という佐々木教授(左)と今村特任准教授(右)。語る言葉の端々に展示愛が垣間みられる 2人とも元学芸員という佐々木教授(左)と今村特任准教授(右)。語る言葉の端々に展示愛が垣間みられる

―展示のコンセプトを聞かせてください

今村:実は、企画展のテーマを直前になって変更したんです。もともとは札幌農学校を前身とする北海道大学らしく、「北大と農」というテーマで準備を進めていました。ですが、コロナ禍で、資料を借りる交渉を対面でできない、文献を調べようにも図書館にも文書館にも行けないという状況となり、距離というものを強く意識する時期がありました。そこで悩んだ末に、いっそのことテーマを「DISTANCE(距離)」にしてはどうか、というアイディアに至りました。いまもオンライン授業などで学生たちは精神的にも身体的にも大変だと思うのですが、北大の歴史をふりかえってみると、これまでも学生たちは、それぞれの時代時代ならではの距離と折り合いをつけながら学んできたことがみえてきます。

佐々木:「DISTANCE」は、様々な切り口で受講生たちが自分なりの展示図を思い描けるテーマだったように思います。また、企画展を訪れた方々にとっても、それぞれの知識や経験と重ね合わせて、新しい価値や世界をみつけていただけるものであったら嬉しいです。展示は基本的に「誤読」が起こるもの。小説などと同じように、展示をつくる側と全く同じストーリーを、受け取る側が読み解くことはできません。みる人それぞれに違った解釈があって良いんです。もちろん「北大と農」というテーマも良かったのですが、より間口の広い、いろいろなところで扱うことのできるテーマを今村先生が提案してくれたと思っています。

―展示のみどころは?

今村:佐々木先生もおっしゃっていた通り、様々な切り口でDISTANCEを表現しています。たとえばこちらのヤツメウナギとトラザメの標本の展示。この標本自体がものすごく貴重というわけではないんですが、水産学部では50年間この標本をつかって学生たちがスケッチをしています。現在の学生たちもスケッチしているし、名誉教授の方たちも学生のときには、スケッチしていた。代々受け継がれている標本なんです。

水産学部の学生たちが代々スケッチしてきたヤツメウナギ(左)とトラザメ(右)の標本 水産学部の学生たちが代々スケッチしてきたヤツメウナギ(左)とトラザメ(右)の標本

またこちらは、北大のシンボルマークにもなっているオオバナノエンレイソウの標本です。一番古いもので1924年の宮部金吾から、いまの2020年の首藤先生(総合博物館 首藤光太郎 助教)のものまで、歴代の植物学者のオオバナノエンレイソウ標本を年代順に並べています。
このように本企画展では、空間的距離だけではなく、時間的距離、さらには心理的、社会的距離などを表現した展示もあります。

花びらが3枚で、学名にトリリウムとつくエンレイソウにちなんで、展示ケースも三角形に並べている 花びらが3枚で、学名にトリリウムとつくエンレイソウにちなんで、展示ケースも三角形に並べている

―展示制作を通じて、受講生たちにどのような学びがあったと考えてらっしゃいますか?

佐々木:受講生の展示づくりの経験値、レベルは様々なんです。現役の学芸員の人、元学芸員の人、全く展示経験がない人たちが、一緒に準備を進めました。チームで仕事に取り組むときには、自分の持っているスキルや、自分の位置づけをきちんと客観的にみられることが大事になってきます。自分はこれくらいしかできないので教えてもらおうとか、逆にサポートすれば良いんだとか。多くの受講生たちがそういったことに自発的に気づき、対応することが出来ていたように思います。

―解釈の仕方は人それぞれということですが、先生方にとっての「DISTANCE」 とは?

今村:いま、「ソーシャルディスタンス」というと、物理的な距離に気をつける場面が多いと思うのですが、本来の「社会学的な」とか「社交上の距離」と解釈するならば、多分人間にとってすごく必要なもので、うまく他の人とやっていくためにも大切なこと。また、そう捉え直すことによって、いろいろな研究や学びがひろがっていくと思うので、ディスタンスって「文化」なんじゃないかと。決して悪いことばかりではないんじゃないかと感じています。

佐々木:最初は「学びを提供する人と、学びを受ける人との距離」が展示のメインかなと想像していたのですが、準備を進めるうちに、ありとあらゆるところにDISTANCEがあることに気づきました。人と人には、社会的にとらなければならない距離があります。著しく踏み越えると、関係が悪くなることもあるし、著しくひいているとかえって失礼になることもある。DISTANCEとは1人1人が程よく保っている、その人の「品格」があらわれる概念だなと感じました。

遠隔教育の教材展示も。かつては北海道の地域に向けてラジオ講座やテレビ講座を実施していた。距離を乗り越えようとしてきた学びの歴史 遠隔教育の教材展示も。かつては北海道の地域に向けてラジオ講座やテレビ講座を実施していた。距離を乗り越えようとしてきた学びの歴史

現在のオンライン授業を担うオープンエデュケーションセンターに関する展示。インターネットを介して世界規模で人々が学び合う時代が到来している 現在のオンライン授業を担うオープンエデュケーションセンターに関する展示。インターネットを介して世界規模で人々が学び合う時代が到来している

■受講生たちが感じたコロナ時代の学びと距離

展示レイアウト制作や資料の選定などは、受講生たちが、オンラインミーティングを重ねて準備してきました。会場を訪れた學藝リカプロの受講生たちに、コロナ禍での展示制作についてお話を伺ったところ、
・「オンラインですと、遠方に住んでいる受講生でベテランの学芸員の方などミーティングに参加しやすいというメリットもありました。受講生同士で学び合うこともとても多かったです」
・「回を重ねるごとにオンラインでのミーティングにも慣れていきました。会うことが普通ではないという時代。認識を変えることも必要ですね」
・「コロナの状況が緩和して文献調査に出向いた際に、思いがけない発見があり、改めて実際に足を運んでみることの重要性も感じました」
・(後述の関連イベントについて)「もともと対面でのイベントを企画していたときも、インターネット中継が出来たら良いなと思っていました。今回、思い切ってオンライン開催に踏み切ったところ、北海道外のミュージアム関係者などともフラットに議論する場をつくることができました」
などの声が聞かれました。
コロナ禍での展示制作に苦心しながらも、できること、できないことを冷静に捉え、その時々の状況に応じて多くのことを学びとっていたようです。

DISTANCEの「D」のポーズで。企画展に訪れた受講生たちと。左から今村特任准教授、受講生の中島香矢さん、土栄織恵さん、山田菜穂さん、大澤夏美さん、佐々木教授 DISTANCEの「D」のポーズで。企画展に訪れた受講生たちと。左から今村特任准教授、受講生の中島香矢さん、土栄織恵さん、山田菜穂さん、大澤夏美さん、佐々木教授

■ミュージアムグッズサミットもオンラインで開催

本企画展の関連イベントとして「MUSEUM GOODS SUMMIT」も開催しています。受講生で、最近ではテレビや雑誌でも紹介されているミュージアムグッズ愛好家 大澤夏美さんが中心となって企画し、ミュージアムショップと博物館、地域、来館者との間の「距離(ディスタンス)」をテーマにゲストと参加者たちがZoomで語り合います。

「MUSEUM GOODS SUMMIT VOL. 3」は11月6日(木)に開催予定。
詳細はこちら

 

■取材中のひとこま

ちょうど同じ時間帯に、北海道大学新聞編集部の学生たちも取材に来ていたので、写真を撮らせてもらいました。精力的な取材のもと頻繁にウェブサイト記事を更新し、北海道大学の情報を発信しています。学生ならではの視点で、学生に関連する展示に興味関心を抱いていることが、とても印象的でした。

取材に訪れていた北海道大学新聞編集部の皆さん 取材に訪れていた北海道大学新聞編集部の皆さん

今村特任准教授の話に熱心に聞き入り、戦時中など数十年前の学生たちが置かれた状況に想いを馳せる 今村特任准教授の話に熱心に聞き入り、戦時中など数十年前の学生たちが置かれた状況に想いを馳せる

北海道大学新聞の本企画展に関する記事はこちら

照明や配置、キャプションなど、随所にわたって細やかな工夫が凝らしてあり、遊び心もみられる企画展。あなただけのDISTANCEを見つけに出かけてみませんか。

会場である北海道大学総合博物館にはほかにも多くの収蔵品が展示されている 会場である北海道大学総合博物館にはほかにも多くの収蔵品が展示されている

■企画展「DISTANCE #学びと距離の物語」

開催日時:
2020年10月6日(火)〜2020年10月25日(日)
10:00〜17:00(10月12日、19日休館)
会場:
北海道大学総合博物館1階 企画展示室
札幌市北区北10条西8丁目

(総務企画部広報課 学術国際広報担当 川本真奈美)