人獣共通感染症との戦い

人獣共通感染症国際共同研究所 統括 教授 喜田 宏

シリーズ「人獣共通感染症との戦い」の第一回。本シリーズでは、人獣共通感染症をはじめ、その他の新興・再興感染症を制御する北海道大学の取り組みを紹介していきます。

世界人口の増加や急激な経済発展を背景に、人々の活動が温暖化や森林破壊、砂漠化などの自然破壊を引き起こしています。このような環境変化は、動物の生態系や行動圏にも影響を与え、野生動物と人間社会の境界に混乱をもたらしています。病原微生物の自然宿主である野生動物とヒトとの接触機会が増え 、「人獣共通感染症」の発生が世界各地で頻繁に報告されているのです。

2019年12月31日、中国・武漢で最初に報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、今や世界中を張り巡らす交通網に乗り、瞬く間にパンデミックを引き起こしました。世界保健機構(WHO)によると、2021年8月16日までに、新型コロナウイルスが引き起こす感染症(COVID-19)に世界で約2億700万人が罹患し、約440万人が死亡。 中国当局は、同ウイルスが海鮮市場で動物からヒトに伝染し、その後、ヒトからヒトへの感染が認められたとしています。つまり、COVID-19も人獣共通感染症であるのです。

ウイルスや細菌などの病原体は、自然宿主には何の危害も与えません。しかし、病原体が他の動物や家畜、そしてヒトに感染すると、重篤な感染症を引き起こすことがあります。北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所(IIZC)の統括を務める喜田宏教授は、「約6割の感染症と、ほぼすべての新興感染症が人獣共通感染症です」と指摘します。鳥インフルエンザ、エボラ出血熱、エイズ、牛海綿状脳症(BSE)、ラッサ熱、黄熱も人獣共通感染症です。WHO の推計によると、毎年約10億人が人獣共通感染症に罹患し、そのうち数百万人が命を落としています。2014〜16年にギニア、リベリア、シエラレオネで発生したエボラ出血熱の大流行では、約2万8,000人が感染し、1万1,000人が死亡しています。

「人獣共通感染症を根絶するのは不可能です。したがって、その発生を予測して流行を防止する『先回り対策』と、効果的なワクチンと治療薬を開発、実用化し、感染症を封じ込めるのが我々の使命です」と、喜田教授は語ります。感染症対策では、病原体の自然宿主と感染経路を明らかにすることが極めて重要だと言います。

人獣共通感染症国際共同研究所の統括を務める喜田宏教授 人獣共通感染症国際共同研究所の統括を務める喜田宏教授

喜田教授によると、加えて重要なのは、One Health の概念。ヒト、動物、生態系の健康は相互に密接な関連があり、それらを総合的に健康にするという考え方です。2000年代前半に確立され、現在、WHOや国際獣疫事務局(OIE)、世界銀行、ユニセフ、食糧農業機関(FAO)などの国際機関が採用しています。

北海道大学は、One Health の概念が普及し始めた2005年に人獣共通感染症国際共同研究所(International Institute for Zoonosis Control、当時は人獣共通感染症リサーチセンター:Research Center for Zoonosis Control; CZC)を設立しました。喜田教授は、「人獣共通感染症は、医学や獣医学の専門知識だけでは対応できません。従来の分野の範疇には収まらない、新しい学術領域です」と話します。そのため、IIZCは学際的なアプローチを採用し、微生物学、ウイルス学、免疫学、病理学、情報科学など広範囲にわたる分野の専門家によって構成されています。その研究内容は、基礎分野に留まらず、未知のウイルスの探索や感染検査キットの開発、ワクチンと抗ウイルス薬の開発も行なっています。さらに、世界動物保健機関(OIE)からリファレンスラボラトリーに指定されていて、鳥インフルエンザに関する診断、研修、アドバイスなどもIIZCの重要な活動です。喜田教授は、「IICZCは世界有数の人獣共通感染症研究機関です。One Health, One World理念の下、人獣共通感染症の克服に向けた取り組みを強化していきます」と、意気込みを語ります。

この記事の原文は英語です
Tackling Global Issues Vol.3 Fighting the Menace of Zoonosesに掲載