【分野横断で描く未来#7】簡便・迅速なウイルス人工合成技術で迎え撃つ未来のウイルス感染症

医学研究院 教授 福原 崇介

分野横断型チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#7
福原 崇介(ふくはら たかすけ)教授 医学研究院(ウイルス学)

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型チームを結成しています。

人類の歩みや医学の発展は、病原体ウイルスとの闘いの歴史でもあります。新型コロナウイルスとの闘いも現在進行形で続く中、北海道大学から将来の新興感染症対策も視野に入れたプロジェクト《パンデミック制御に資する先制医療基盤の開発》が立ち上がりました。医学研究院 教授の福原崇介さんをPIとするチームには、北海道大学の工学研究者やシステムゲノム科学研究者が集結。ウイルス感染症の超早期診断・治療法の開発を目指します。

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―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[福原]私たちの研究では効率的に人工的なウイルスを作る技術を確立しています。後でまた解説しますが、この技術に対していろいろな領域の研究者が関心を寄せてくださり、発展的な共同研究ができそうだということで今回の創成特定研究事業に応募しました。

「ウイルス」と聞くと、皆さんの目下の関心は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)だと思いますが、遡ると2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV-1)や2009年の新型インフルエンザウイルス(H1N1 Influenza virus)など、ウイルス感染症が世界にもたらす脅威は、いつの時代にも起こりうるものでした。

ただ、その中でも新型コロナウイルスのインパクトは明らかに大きく、グローバル社会におけるウイルス感染症の伝播速度の加速を世界が実感しました。
そこで、本プロジェクトでは豊嶋崇徳 教授(医学研究院)、真栄城正寿 准教授(工学研究院)、久保田晋平 特任講師(遺伝子病制御研究所)とともに、パンデミック制御に資するウイルス感染症の研究開発基盤を構築し、将来の新たな新興感染症にも対応する研究プラットフォームを整備します。

具体的な研究内容は、以下の通りです。

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  1. 臨床検体、臨床情報の収集とウイルスゲノム解析:北海道大学病院、国立病院機構など本学関連の多施設大規模病院が連携することによって新型コロナウイルス患者の臨床検体、臨床情報を収集(豊嶋)
  2. 変異ウイルス作製・性状解析:臨床検体から得られたウイルスゲノム解析結果をもとに、市中に蔓延する変異ウイルス、さらに将来出現する変異まで網羅する変異ウイルスを作製(福原)
  3. 免疫系解析:新型コロナウイルス患者検体からの血液単核球、血清を用いて診断・予防・治療に供する免疫細胞集団、標的分子候補の同定に加え、予後・後遺症診断、次世代ワクチン開発も視野に入れた上で解析を実施(久保田)
  4. マイクロ流体デバイス技術を用いた超早期診断法開発:独自のマイクロ流体デバイス技術を用いて臨床検体から診断・予防・治療に供するウイルス、感染細胞由来の細胞外小胞を解析することで超早期診断標的候補および創薬標的候補の計測系を作製(真栄城)

―「人工的にウイルスを作る技術」とは具体的にどういう仕組みですか?

[福原]RNAウイルスであるコロナウイルスで基本概念を説明します。従来のコロナウイルス人工合成法は大腸菌を用いた手法や、試験管内でRNAを合成する手法がありますが、どちらもプロセスが複雑な上に、数カ月の時間を要するという課題がありました。大腸菌を介することで思わぬ変異が起こるなどの問題もありました。ですが、私たちのやり方は非常にシンプルで、しかも短期間にウイルスを作ることができます。まずウイルスのゲノムの断片を、PCRという方法で増幅し、さらにもう一度PCRを行うことで、それらの断片を環状につなぎ合わせます。
やっていることと言えば、PCRを二度かけるだけ。そして環状になったウイルスゲノムを培養細胞に導入すると、約5日後にその細胞が死んでいる、すなわち人工的にコロナウイルスが作られたことが観察できる、というのが全容です。

最新型のPCR

PCRを使い、ゲノムの断片が重なるように設計するという手法自体は決して珍しくありませんが、これを一般的なウイルスよりも3倍近く大きい遺伝子を持つコロナウイルスに適用しようとした人がこれまでいなかった。そこが、この技術のブレイクスルーでした。
結果、飛躍的にプロセスが簡便化され、2週間もあれば人工的にウイルスが作れるようになりました。この技術があるからこそ、さまざまな領域の先生や企業さんが共同研究に関心を持ってくださったのだと受け止めています。

PCR法を活用した人工的にウイルスを合成する技術。1回目のPCRでウイルスゲノムの断片を増幅し、2回目のPCRではリンカー断片を加えることでゲノム断片を環状につなげる。
PCR法を活用した人工的にウイルスを合成する技術。1回目のPCRでウイルスゲノムの断片を増幅し、2回目のPCRではリンカー断片を加えることでゲノム断片を環状につなげる。

―オーダーメイドのウイルスが自在に作れるということでしょうか。

[福原]ええ、「研究上必要なこういう変異を加えたウイルスを作ってほしい」というリクエストがあれば、容易に応えることができるのもこの手法の特長です。
コロナウイルスは武漢株から始まり、アルファ、ベータ...と変異を重ね、現在はオミクロン株が大半を占めていて、その中でも今の話題はオミクロン株XBB.1.5だと思います(取材時)。
私たちの研究室ではそのオミクロン株XBBも人工的に作り、いち早く解析を開始することができました。その先に控えるワクチンの有効性や薬剤の耐性化に関する研究を考えると、変異株も含めて人工的に作れるということは、私たちの大きなアドバンテージになると考えています。

さらにもう一つ、人工的にウイルスを作る研究の意義として、我々ヒト社会ではすでにワクチンを打ったり、あるいは一度コロナに感染して免疫を獲得している人がほとんどですから、今流行っているウイルスが純粋に病気としてどういうものなのか、その前に流行ったウイルスと何がどう違うのかということを、調べるのは実質不可能に近い状態になっています。
だからこそ私たちが人工的にウイルスを作り、細胞や動物を使った実験を通して得られた正確な情報を社会に発信することが、非常に重要だと考えています。

―本プロジェクトにおける若手育成についてはどのようにお考えですか?

[福原]私の研究室には医学部の学生も出入りしていますし、うちに所属する修士や博士人材を含めて学生たちには実際にプレイヤーとしてこの研究に参加してもらうのが、一番の育成になると考えています。
このチームによって北海道大学の研究の質をさらに高め、確かな実績を作ることができれば、次に続く方々の研究資金獲得の面でもプラスにはたらくはず。そうしたチームアップが大学に対して最も貢献できる部分なのではないかと感じています。

2020年以降、世界中がコロナウイルスに振り回された感がありますが、私たちウイルス研究者は常に、時代時代によって現れては収束していくウイルスにいち早く対応し、感染制御に貢献しうる研究を推進してきました。
私個人で言えば、人工的にウイルスを作る技術をベースに現在も4種類ほどのウイルス研究を継続しており、またこれからも未知のウイルスXが出現すれば、この技術を使って新しいウイルス研究に参画する。それが使命だと考えています。

[プロジェクト名]
創成特定研究事業 パンデミック制御に資する先制医療基盤の開発
[PI]
福原 崇介 教授(FUKUHARA Takasuke)医学研究院(ウイルス学)
[研究室HP]
大学院医学研究院 福原研究室
[主な協力機関]
北海道大学大学院工学研究院、北海道大学遺伝子病制御研究所
[企画・制作]
広報課 学術国際広報担当
創成研究機構 川本 真奈美、菊池 優、広報課 学術国際広報担当 長尾 美歩(企画、所属は取材当時)
株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクション・編集・インタビュー)佐藤 優子(ライティング)
PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)