日本料理、昆布、そして歴史ある忍路臨海実験所

北方生物圏フィールド科学センター 准教授 四ツ倉典滋

〈写真〉北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの忍路臨海実験所。札幌キャンパスから北西約50kmにある忍路湾内に位置する

「今や世界で人気の和食ですが、その将来が心配です」と話すのは、北方生物圏フィールド科学センター 准教授の四ツ倉典滋さん。この言葉の背景にあるのは、伝統的な日本料理のみならず家庭の食卓にも欠かせない出汁をとるための昆布です。北海道の沿岸は高品質な昆布の産地として知られ、国内収穫量の9割以上を担い、海外でも多く利用されています。ところが近年、北海道の沿岸から次第に昆布が獲れなくなってきているというのです。「様々な原因が考えられますが、海流や海水温の変化など、気候変動に伴う海洋環境の変化が大きく影響していると思われます。昆布を守り、持続的に活用するためには、まず、昆布の生物学的特徴や環境への適応能力を明らかにする必要があります」と四ツ倉さんは言います。

忍路臨海実験所長・准教授の四ツ倉典滋さん(撮影:広報課 広報・渉外担当 江澤 海)

四ツ倉さんは、札幌キャンパスから北西約50km、小樽市の忍路(おしょろ)湾にある忍路臨海実験所を研究フィールドにしています。同実験所は、1908年、当時の東北帝国大学水産学部(現在の北海道大学水産学部)の研究・教育施設として設立されました。東京大学の三崎臨海実験所に次いで日本で2番目に長い歴史を誇ります。北海道大学のシンボルの一つである実習船おしょろ丸も、1909年の初代船竣工当時は忍路湾に錨泊していました(現在は水産学部のある函館に移管)。設立から一世紀を経て、四ツ倉さんは2009年から同実験所の所長を務めています。「実験所は湾内にあるので、例え外洋が荒れていても前浜はとても穏やかです。そのため、一年を通して環境測定や、藻類や無脊椎動物、魚類などの観察や採集が可能です。当時の方々は研究に最適の場所を選んでくれたのですね」と話します。

実験室の窓越しに見える忍路湾(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

四ツ倉さんは1997年に北海道大学大学院水産学研究科(当時)で博士号を取得した後、室蘭臨海実験所で昆布の分子系統学の研究に携わりました。その後、忍路臨海実験所に移って昆布の減少を目の当たりにし、昆布を保護するための応用研究、特に育種や養殖に興味を持ったそうです。「昆布が減少して岩が剥き出しになった海底を見ると、漁師を待ち構える困難が思い浮かび、研究者として何かしたいと思いました」と当時の心境を語ります。

忍路湾のホソメコンブ(生物学的にはSaccharina japonica の一種)(写真提供:四ツ倉准教授)

四ツ倉さんは共同研究者や学生と一緒に北海道中を周って研究用昆布を採集するかたわら、実験所で保存する約100もの系統株も用いて分類学や保全に関する研究を行ってきました。生物学的な種が同じでも、生育環境によって昆布の特性が大きく異なることに驚いたと言います。「北海道の沿岸は世界で最も昆布の多様性に富む地域です。手遅れになる前にそれらを集め、保存培養したかったのです」と四ツ倉さん。

昆布の生活環は少し複雑です。夏に漁獲のピークを迎える昆布は、秋になると葉面に胞子をつくって海中に放出します。胞子は遊泳して海底の岩などに付着して糸状の雌雄配偶体になり、やがてそれらは成熟して卵子と精子をつくります。受精後は昆布の幼体が誕生し、春から夏にかけて立派な昆布へと成長します。四ツ倉さんは、「糸状の配偶体は、試験管の中で培養することで長期にわたって保存することができます。さらに、培養条件を変えることで、配偶体を増殖させたり、成熟させる(精子や卵子を作らせる)ことができるのです。保存株は養殖種苗として利用が期待されています。私たちはこの保存株を利用して、環境変化への適応力の強い昆布の育種を試みています」と説明します。

試験管で培養された昆布の配偶体。この状態で長期保管できる(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

しかし、品種改良したものがすぐに漁業者に受け入れられるとは限らないようです。「各地域には、例え一種類の昆布であっても銘柄や浜格差(獲れる浜の違いによる産業的価値の違い)があります。育種株の利用は現在の多様性を損ない、伝統的な昆布のブランドを失ってしまうことにも繋がりかねません」、と四ツ倉さんは言います。「私たちの研究は地元との関係があってこそなのです。漁業者の力になろうと思えば、まずお互いをよく理解し、信頼を築く必要があります」。そのこともあり、四ツ倉さんは定期的に施設を解放し、地元の方々と一緒に体験イベントなども開いています。

忍路臨海実験所が一番忙しいのは夏。北海道大学だけでなく、国内外から学生や研究者が集まり、教育プログラムに参加したり、サンプル採取や研究に勤しみます。「忍路臨海実験所は北大が誇る宝の一つです。研究者だけでなく、できるだけ多くの人にその歴史や前浜の生物学に触れて欲しいと考えています」と四ツ倉さんは話します。「私もサイエンスと地域社会の両方に貢献するために、昆布の基礎研究と応用研究をこれからも続けていきます」。

四ツ倉さん(中央)、北方生物圏フィールド科学センター 林 忠一 企画調整室長(左)と取材チーム。忍路湾にて

(国際連携機構/広報室 南波直樹)
本記事の原文は英文です。

忍路臨海実験所の様子は、映像でもご覧いただけます。


北海道大学 忍路臨海実験所~100年以上の伝統と地域に根ざした海洋研究~

出演:北方生物圏フィールド科学センター 忍路臨海実験所長・准教授 四ツ倉典滋
取材協力:北方生物圏フィールド科学センター 企画調整室 林 忠一
企画・制作:総務企画部広報課 Aprilia Agatha Gunawan(撮影・編集)
               南波直樹 川本真奈美 江澤 海(撮影)
字幕:総務企画部広報課 菊池 優