好奇心を追求して生態保全の研究へ

地球環境科学研究院 助教 先崎理之

<写真> 野外調査の様子(提供:地球環境科学研究院 先崎理之 助教)

私たちの日常にある交通騒音や人工光。それらは野生動物たちの暮らしにどのような影響を与えているのでしょうか。地球環境科学研究院 助教 先崎理之(せんざき まさゆき)さんは、ビッグデータ解析と野外調査の双方から生態保全の研究を進めています。幼い頃から自然への好奇心が強く、川遊びや野鳥観察が大好きだったそうです。

自室のデスクに座る環境科学研究院 助教 先崎理之さん自室のデスクに座る環境科学研究院 助教 先崎理之さん

騒音や人工光が野鳥に与える影響を明らかにする
先崎さんは、ビッグデータを活用して騒音と人工光が鳥類の繁殖活動に与える影響を調べてきました。2020年に国際研究グループの一員として発表した論文では、アメリカ全土で市民ボランティアが収集した、142 種・58,506 件もの鳥類の繁殖活動データと、人工光・騒音の空間分布図を詳細に照らし合わせました。その結果、騒音と人工光の影響によって鳥類の繁殖開始時期が早まったり、繁殖成功率が低下したりすることが明らかになりました。

アメリカの人口騒音の分布図。色の濃淡が騒音の大きさ、点は解析に使われた鳥類の巣の位置(赤が繁殖に失敗した巣、黒が繁殖に成功した巣)を示す(出展:Senzaki, M. et al. Nature 587, 605-609 (2020).)アメリカの人口騒音の分布図。色の濃淡が騒音の大きさ、点は解析に使われた鳥類の巣の位置(赤が繁殖に失敗した巣、黒が繁殖に成功した巣)を示す(出展:Senzaki, M. et al. Nature 587, 605-609 (2020).)

並行して行っているフィールドワークでは、実際に野生動物の行動を観察して騒音の影響を調べています。

2016年に発表した論文では、フクロウ類の採食効率と騒音の関連を明らかにしました。フクロウは聴力を頼りに獲物を探知するため、交通騒音に晒されると獲物を見つけにくくなる可能性が考えられます。そこで先崎さんらは、獲物を探す野生のフクロウに対して、交通騒音と獲物が発する音を重ねて流し、獲物の音に気づくかどうかを数か月に渡って調べました。その結果、4080 dB(静かな住宅街〜電車内の騒音程度に相当)の環境では、獲物を見つける能力が1789 %低下することが明らかになりました。また、交通騒音による採食効率への影響は道路から 120 m以内の広範囲まで及ぶと推定されました。希少な野生のフクロウは観測自体が難しく、これまであまり研究されてきませんでした。また手法的な新しさもあり、先崎さんにとって興味深い研究だったと言います。

飛翔するトラフズク(提供:先崎理之 助教)飛翔するトラフズク(提供:先崎理之 助教)

(a)交通騒音の大きさとフクロウ類の採食効率の関係(b)道路からの距離と交通騒音の大きさ(提供:先崎理之 助教)(a)交通騒音の大きさとフクロウ類の採食効率の関係(b)道路からの距離と交通騒音の大きさ(提供:先崎理之 助教)

"鳥屋"ならではの研究活動も
鳥好きでバードウォッチャーでもある先崎さんは、騒音・人工光とは少し離れた分野での研究成果も残しています。2021年には希少種であるシマクイナの国内繁殖を初確認したことを発表しました。2016年には、共同研究者と共に北海道で繁殖するノビタキの渡りの経路を追跡し、これまで知られていた本州を経由してユーラシア大陸へ抜けるルートとは異なる、北海道から直接大陸へと移動する新たなルートの解明に貢献しました。これらは鳥類の生態を知り尽くした先崎さんならではの発見です。本人曰く「単純に"鳥屋"としての好奇心を満たす研究」であり、意義よりも好奇心を優先した研究活動だと言います。

シマクイナの雛(別の年に許可を得て捕獲・撮影したもの、提供:先崎理之 助教)シマクイナの雛(別の年に許可を得て捕獲・撮影したもの、提供:先崎理之 助教)

自身の関心を突き詰め、生態保全学研究の道へ
北海道の自然に囲まれて育った先崎さん。子供の頃から生き物が好きで、小学生のときに野鳥に興味を持ち、バードウォッチングを始めたそうです。その中で、野鳥の数が減っていることを実感し、自然を守ることに関心を寄せるようになったといいます。

双眼鏡で野鳥を観察する先崎さん。微かな鳴き声から素早く姿を発見双眼鏡で野鳥を観察する先崎さん。微かな鳴き声から素早く姿を発見

大学では本学水産学部に進学し、海鳥の生態について研究していました。大学院では、本学農学研究院で森林保全を専門とする教員の下で研究を進め、次第に生態環境系の研究がメインになっていったそうです。

現在は、保全に向けて野鳥などの野生動物の生態環境を研究している先崎さん。日本では生態保全学や鳥類学の研究はまだ盛んではありませんが、自分がやりたい研究テーマに近い研究室を見つけて進路を決めてきました。野鳥、そして生態保全という自身の関心を軸に据えて研究活動を続けています。

フィールドワークで使用する道具。野鳥の観察に使用する特色の異なる双眼鏡2種(左上)、観察時に使用するノート(中央下)、ヘッドライト(中央右)、鳴き声や騒音を流すポータブルスピーカー(右上)、騒音レベルを計測する計測機(右下)フィールドワークで使用する道具。野鳥の観察に使用する特色の異なる双眼鏡2種(左上)、観察時に使用するノート(中央下)、ヘッドライト(中央右)、鳴き声や騒音を流すポータブルスピーカー(右上)、騒音レベルを計測する計測機(右下)

野鳥の模型。スピーカーと併せて利用することで本物の鳥と認識させ、野鳥の生態観察の際に使用される野鳥の模型。スピーカーと併せて利用することで本物の鳥と認識させ、野鳥の生態観察の際に使用される

生態保全学の"研究"から"活用"
先崎さんは、研究結果が直接保全の実務や政策に反映されないことに葛藤を抱くことも多いといいます。「研究成果を出すことと、それが実際に使われるかどうかは別の問題なので、保全の研究者としてはそこが難しいところだなと感じています。研究成果が実際の保全活動に取り入れられるような枠組みができると良いですね。例えば、騒音・人工光等のノイズの影響を受けていない地域を調べて、そこを保護区として守ったり、渡り鳥の渡る時期にその地域だけ消灯するといった取り組みに発展すると良いと思います」と、にこやかに話していました。

次世代へのメッセージ
「身近な自然に目を向けてほしいです」と先崎さんは語ります。自然と実際に触れ合えばその面白さに気が付く人も増え、さらに野生動物を中心とした生態保全の研究活動は発展していくのではないでしょうか。

また、これから研究の道を歩むことを視野に入れている学生に対してもメッセージをいただきました。「まずは、『これだけは絶対に誰にも負けないぞ』というところを伸ばして、アピールすることが大切です。すぐには結果がでなくても、自分を信じてあきらめずに頑張ってほしいです」。先崎さんからのエールで取材は締めくくられました。

好きで興味があることを突き詰め、研究として世界に発信する環境を自ら作り出す先崎さんの姿勢は、今後進路を考える方々の参考になるのではないでしょうか。国内外の生態保全の発展を支える先崎さんを中心とした研究活動の今後に期待が高まります。

【執筆:総務企画部広報課 広報特派員(インターンシップ生) 獣医学部5年 馬杉実里(取材当時)】