円山動物園で「世界チンパンジーの日」特別イベントを開催

地球環境科学研究院 助教 早川卓志

毎年7月14日は、「世界チンパンジーの日 」です。1960年7月14日、野生チンパンジー研究の第一人者であるイギリスのジェーン・グドール博士が、調査のためタンザニアのゴンベ(現ゴンベ渓流国立公園)の地に初めて足を踏み入れた日を記念して制定されました。私たちヒトと最も近い種のひとつといわれるチンパンジーを深く知り、その保護や生息環境の保全について考えるきっかけをつくる日でもあります。 7月10日(日)、札幌市円山動物園で「世界チンパンジーの日」特別イベントとして、講演会、チンパンジー観察会が開催されました。また8月7日(日)まで、特別パネル展が開催されています。

グルメな野生チンパンジー

午前中に行われた講演会では、地球環境科学研究院 助教の早川卓志さんが「グルメな進化の隣人~アフリカの森がはぐくむチンパンジーの食べ物~」と題して、野生チンパンジーの食性などについて紹介しました。早川さんは、京都大学 霊長類研究所に所属していた大学院生時代に、タンザニアやギニアの森の中で野生のチンパンジーについて調査研究していました。講演では、野生のチンパンジーたちが様々な果実や葉・茎、アリ塚のアリなど多様な食べ物を、木の枝や石などの道具を使って器用に食べる様子や、同じチンパンジーでも生息地域によって食べるものが異なることなどを貴重な調査映像とともに紹介しました。

地球環境科学研究院 助教の早川卓志さん 地球環境科学研究院 助教の早川卓志さん

早川さんは、こうした生態学・行動学的なフィールド調査に加え、遺伝子の個体差、種差による違いを調査することで、霊長類をはじめとする野生動物の行動・生態・進化のメカニズムを解明しようとしています。 これまでの研究で、味覚受容体遺伝子を比較解析した結果、西アフリカに棲むチンパンジーと東アフリカに棲むチンパンジーとで、苦味受容体遺伝子に地域差があること、植物を主食とするヒトやチンパンジーなど大型の霊長類は、昆虫を主食とするリスザルなど小型の霊長類に比べて苦味受容体遺伝子の数が多いこと、などを明らかにしてきました。早川さんは、樹上で暮らすようになった一部の霊長類は、豊富な葉のたんぱく質を摂取することで大型化し、苦味感覚が進化することで毒の少ない葉を選べるようになったと考えられると解説しました。そして、「ヒトが野菜や果物などの植物を味わうことができるのも、かつて樹の上で暮らしていたチンパンジーとの共通祖先から、味覚を引き継いでいるからかもしれません。」と、語りました。

図:霊長類の苦味受容体遺伝子の数(提供:早川卓志 助教) 図:霊長類の苦味受容体遺伝子の数(提供:早川卓志 助教)


チンパンジー飼育の歴史と、飼育下での食事

つづいて、円山動物園 飼育展示課の祐川 猛さんが「円山動物園での飼育の歴史」と題して、円山動物園でのチンパンジー飼育が昔と今では、どのように変わってきているのかを紹介しました。現在のチンパンジー館には、野生のチンパンジーが一日の半分が樹上生活であることを踏まえ、より生き生きとした生態が観察できるよう、高いジャングルジムや人工アリ塚などが設置されています。給餌の仕方などの飼育方法も、チンパンジーにあまりストレスを与えないよう、飼育員とチンパンジーが程よい距離を保つようになってきていると言います。

円山動物園 飼育展示課の祐川 猛さん 円山動物園 飼育展示課の祐川 猛さん

また、同じく飼育展示課の高岡智子さんは、「飼育下チンパンジーの採食事情」を解説しました。円山動物園のチンパンジー館では、栄養バランスやエネルギー量、全体重量を計算して餌メニューを考案しているそうです。また、飼育下のチンパンジーは、野生のチンパンジーに比べて非常に採食時間が短いので、暇になったり、喧嘩になることを防ぐために、様々な種類の食べ物をあちこちに置くといった工夫がされています。道具を使わないと餌が取り出せないフィーダー(エサ入れ)を活用したり、人工のアリ塚を複数設置したりすることで、野生下での行動を再現しているそうです。高岡さんは、「次は、早川先生の動画の中にも出てきた、ナッツを石で割って食べる様子を動物園で再現したい」と、語りました。

円山動物園 飼育展示課の高岡智子さん 円山動物園 飼育展示課の高岡智子さん

会場の聴講者たちは、普段なかなか聞くことが出来ない、専門家たちの話に熱心に耳を傾け、メモをとりながら聴く姿もみられました。質疑応答の時間には、多くの質問の手が挙がっていました。

研究者や飼育員の解説とともにチンパンジーを観察

午後から屋外観覧場所で行われた「チンパンジー研究者とチンパンジーを観察しよう!」では、目の前で繰り広げられるチンパンジーたちの行動について、研究者である北海道大学の早川さんと、飼育を担当する円山動物園の高岡さんがその場で実況解説しました。 研究者たちの解説で理解が深まると、いつもと違った視点で観察することができます。様々な場所に置かれた色々な食べ物を、チンパンジーたちが取りに行き、それぞれが落ち着く場所に持って行って食べる様子や、パントグラントやパントフートなどと呼ばれる様々な声を出して意思を伝え合う様子を見て、来園者たちも大いに盛り上がっていました。

チンパンジーたちの行動や声について解説する早川さん チンパンジーたちの行動や声について解説する早川さん
一頭一頭、それぞれお気に入りの場所で食事するチンパンジー (撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan) 一頭一頭、それぞれお気に入りの場所で食事するチンパンジー (撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)
野生のチンパンジーのように人工アリ塚の穴に木の枝を刺して、中に入っている甘い蜜をとるチンパンジーたち 野生のチンパンジーのように人工アリ塚の穴に木の枝を刺して、中に入っている甘い蜜をとるチンパンジーたち

終了後、本イベントを企画した高岡さんにお話を伺いました。「今回は、研究者の方にご協力いただくことで、普段のガイドの時よりもずっと多くの方々に集まっていただくことが出来ました。早川先生の講演では、野生のチンパンジーが休息する様子や、物を食べている様子の動画を沢山みせていただき、私たちも大変勉強になりました。野生のチンパンジーは、広大な森の樹上で暮らしています。ここでは限られた空間になってしまいますが、日陰の高い場所でくつろぐ様子など、より野生に近い行動を動物園でも見てもらえるよう、これからも工夫していきたいです」と、語りました。

早川さんからは、「イギリスのジェーン・グドール先生が、最初にタンザニアの野生チンパンジーの生息地に調査に入ったのが、1960年の7月14日ですので、チンパンジー学は、まだ1世紀の歴史もない、とても新しい学問分野だといえます。チンパンジーなどの野生動物については、まだまだ分かっていないことが多いので、動物園で一日中じっくり観察しているだけでも、新しい発見がいっぱいあります。それを見つけることが、研究のスタートです。円山動物園には、色々な動物がいますので、ここから色々な動物の研究者たちが出てくることを願っています」と、次世代の研究者へ向けてメッセージをいただきました。

多くの来園者たちが、チンパンジーの観察に訪れました(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan) 多くの来園者たちが、チンパンジーの観察に訪れました(撮影:広報課 Aprilia Agatha Gunawan)

「世界チンパンジーの日」にちなんだ特別パネル展は、8月7日(日)まで開催されています。コロナ対策や熱中症に気をつけて、ぜひ、円山動物園で動物たちをじっくり観察してみてください。研究の第一歩がスタートするかもしれません。

チンパンジー館 屋内観覧場所では、8月7日までパネル展が開催されている チンパンジー館 屋内観覧場所では、8月7日までパネル展が開催されている
早川さんが提供したアフリカでのフィールド調査の写真も展示されている 早川さんが提供したアフリカでのフィールド調査の写真も展示されている

【創成研究機構/広報課 学術国際広報担当 川本 真奈美】

円山動物園 「世界チンパンジーの日」特別イベント

【講演会】
日 時: 7月10日(日曜日)10時00分~12時00分
場 所: 円山動物園 科学館ホール

10時00分~11時00分
「グルメな進化の隣人~アフリカの森がはぐくむチンパンジーの食べ物~」
 北海道大学 大学院地球環境科学研究院 助教 早川卓志

11時00分~11時30分
「円山動物園での飼育の歴史・飼育下チンパンジーの採食事情」
 円山動物園 飼育展示課 祐川猛・高岡智子

11時30分~12時00分
質疑応答など


【チンパンジー観察会】
日 時: 7月10日(日曜日)13時00分~14時00分
場 所: 円山動物園 チンパンジー館 屋外観覧場所

13時00分~14時00分
「チンパンジー研究者とチンパンジーを観察しよう!」
解説:北海道大学 大学院地球環境科学研究院 助教 早川卓志


【特別パネル展】
期 間:7月10日(日曜日)~8月7日(日曜日)
場 所:円山動物園 チンパンジー館 屋内観覧場所