【分野横断で描く未来#6】「おいしさ」を力学の指標で裏づける新たな評価方法を目指して

工学研究院 准教授 田坂裕司

分野横断型チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#6
田坂 裕司(たさか ゆうじ)准教授 工学研究院(流体工学)

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型チームを結成しています。

「しっとり」「もちもち」など食感に関する表現が豊富な日本において、「どうして、そう感じるのか?」という理由を科学的に解説できる手法は意外にもこれまで確立していませんでした。その鍵を握るのは、粘りや固さ等の物性を正確に計測し、評価する試験方法。ただし、食品は異なる食材や液体・固体が不均一に混じりあう混相状態のため、計測が難しいとされています。
この難題に挑む新プロジェクト《食品の機能とおいしさを定義する》PIの工学研究院 准教授 田坂裕司 さんにチーム結成のきっかけから伺いました。

工学研究院 田坂裕司 准教授

―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[田坂]私の専門は「流れているもの」を扱う流体力学で、海流や液体金属など様々な条件下での液体の物性を計測し、評価してきました。ところがそこには、水のように単相のものは測りやすい一方で、「水と気泡」や「液体と固体」といった混相状態のものが遷移する状態は正確に評価しづらいという限界がありました。そのため、この分野で長年スタンダードだと考えられてきた評価方法に替わる新たな手法の確立に関心を持っていました。

その流れで、我々が開発した回転式超音波レオメトリという計測装置を使って混相状態の最たるものである食品を測ってみようと取り組みました。2019年には学生のアイデアで果肉入りデザート「フルーチェ」の流動物性を計測・評価した研究成果を、大学のプレスリリースで発表しました。

回転式超音波レオメトリという計測装置 回転式超音波レオメトリという計測装置

そのプレスリリースを見て、「嚥下障害を持つ患者さんのためのおかゆも計測することができますか?」と連絡をくださったのが、北海道大学病院 栄養士長の熊谷聡美さんです。リハビリテーション専門の千葉春子 助教とともに、患者さんの「食べやすさ」の指標を作りたいということでした。

それをきっかけに、私の液体の研究で以前から交流があった固体の材料力学を専門とする高橋航圭 准教授(工学研究院)や官能評価※1試験に詳しい小関成樹 教授(農学研究院)、私の上司である村井祐一 教授(工学研究院)とともに結成したのが、本プロジェクトです。

※1官能評価: 人間の感覚(味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚)を利用した評価のこと

元々「フルーチェを測りましょう」と言い出した学生の芳田泰基さんは現在、産業総合技術研究所に就職しており、その高い計測技術に期待して彼もこのチームに入ってもらいました。

最終目標は、流体力学と材料力学の方法論を応用し、従来の官能評価試験と臨床試験、物性評価試験とをリンクさせて第三の力学的評価試験を確立すること。個人の主観や経験値に拠ってきた「おいしさ」「食べやすさ」の曖昧さに、噛みごたえや喉ごしを数値化した力学に基づいた評価を加えていくことを目指します。

―スイス連邦工科大学チューリッヒ校にも今後、協力をあおぐとか。

[田坂]あちらとは長いお付き合いがあり、食の科学を牽引してきた知見をぜひ本プロジェクトにも活かせたら、と考えています。
日本では、「しっとり」や「もちもち」、「喉ごし」というような、他の言語には翻訳しきれない独自の食の表現が発達しています。それらをどうやったら量的に表せるのかという食の科学的な研究は、いまだ発展途上の印象です。我々の研究がその先鞭となり、日本の食文化と科学のかけ橋になれたら、という思いもあります。

そうしたスケールの大きい研究は国内ではなかなか難しいとされる現状もあります。しかし本学には、総合大学ならではの広大な研究フィールドがあります。
長年、専門分野を垂直に深掘りしてこそ研究職と言われてきましたが、現代では専門分野に閉じこもらずに、いかに水平に展開していくかが重要だと考えています。

その点、北海道大学は広大なキャンパスに多彩な研究者を有するポテンシャルを活用できる余地が、まだ十二分にあるはず。本プロジェクトもその優位性を存分に活かして進めていきたいと考えています。

―創成特定研究事業に応募しようと思った動機はなんでしょうか。

[田坂]病院から「おかゆは計れますか?」と持ち込まれた時、これは面白そうだと心が動きました。こうした新規の研究をドラスティックに進めていくためには、本事業の予算獲得が大きな起爆剤になると期待しての応募でした。
また、応募した分野は「実学研究(フィールド研究)」でしたが、いわゆる調査地や現場に赴くフィールド研究だけでなく、我々が工学・医学・農学と連携して医療の臨床現場にフィードバックしていくこともまた、フィールド研究の一つ。そのことを広くアピールし、関心を持ってくださる方々の元にこの情報を届けたいという狙いもありました。

―本プロジェクトにおける若手育成についてはどのようにお考えですか?

[田坂]この事業の応募要項には「若手(45歳以下)」とあったので、本プロジェクトメンバーは私を含め、ほぼ「若手」です。皆が高い専門性を持ちながら、自由に発想を持ち寄って議論を重ねていくことでまた全体の構想が大きく膨らんでいく。そこを目指します。
学生たちにも、ゆくゆくはスイスに共同研究に送り出すなど、型にはまらず大きく成長できるチャンスを提供していきたいと考えています。

―本プロジェクトの具体的な「出口」はどういう形になりますか?

[田坂]冒頭で申し上げた「従来の評価方法に替わる新たな手法の確立」として、「食べやすさ」の力学的指標「K-nマップ」の実用化と、食塊の流動性に関する力学モデルの構築を目指します。
従来の計測機は非常に高額であり、一般には普及しづらかった点も食の科学が進まなかった要因だとすると、次は産業界も気軽に購入できる価格帯であることも必要だと思っています。

同時に、より身近な成果物として嚥下障害を持つ方々も安心して食べられるパンを作るのはどうかというアイデアも出ています。

今は医療の中でも食に特化した研究を行っていますが、例えば土木建築で使われるセメントや化粧品にも、この新しい指標が用いられるのではないかと期待しています。

最終的には、この新しい評価方法が世界のスタンダードとなり、その先にある流体力学の混相流に関する新たな研究領域を開拓していけたらと考えています。

[プロジェクト名]

創成特定研究事業 食品の機能とおいしさを定義する:力学を基にした新たな評価法確立

PI

田坂 裕司 准教授(TASAKA Yuji)工学研究院(流体工学)

[研究室HP

大学院工学研究院 流れ制御研究室

[主な協力機関]

北海道大学大学院農学研究院、北海道大学病院、国立研究開発法人産業技術総合研究所

[企画・制作]

広報課 学術国際広報担当
創成研究機構 川本 真奈美、菊池 優、広報課 学術国際広報担当 長尾 美歩(企画、所属は取材当時)

株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクション・編集・インタビュー)

佐藤 優子(ライティング)

PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)