鳥の求愛行動やコミュニケーションを理解することは、人間存在を知る手だてにもなる

理学研究院 准教授 相馬雅代

リサーチタイムズとesse-sense(エッセンス)のコラボレーション記事をお届けします。esse-senseは、分野の垣根を超えた研究者たちのインタビュー記事を通して「あなたの未来を拓く」をコンセプトに、株式会社エッセンスが運営するウェブメディアです。本学の研究者たちにもスポットライトを当て、インタビュアーである西村勇哉氏(エッセンス 代表取締役)が、最先端の研究、そして研究者ならではのものの見方や捉え方に迫ります。ライターはヘメンディンガー綾氏が務めました。

今回インタビューした理学研究院 生物科学部門准教授の相馬雅代さんは、鳥の求愛行動などからコミュニケーション行動の機能と進化の解明を目指している研究者です。

鳥はつがいを形成したり、群れを成して生きるという社会性を持つ動物で、そういった観点から人間に近しい特徴を持つと言えます。インタビューは鳥という一見人間からかけはなれた動物の観察によって、逆説的に人間の理解に繋がるかもしれない。そんなユニークな可能性を示唆する濃密な時間となりました。

相馬雅代
北海道大学大学院 理学研究院 准教授 神奈川県出身。東京大学教養学部を経て、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系生命・認知科学コース博士課程修了。北海道大学大学院理学研究院生物科学部門准教授。「鳥の歌行動」、「求愛ディスプレイ行動」などの研究から、コミュニケーション行動の機能と進化の解明を目指している。セイキチョウの珍しい求愛行動「超高速タップダンス」をハイスピードカメラでとらえた映像は多くのメディアでも取り上げられた。札幌国際芸術祭2014では、地下歩行空間で開催された「北大アーティストカフェ」にも登壇。平成27年度 文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞、日本学術会議連携会員(25期,若手アカデミー会員)。

都内をバイクで駆け抜けていた日々

西村 自己紹介に愛車を書いている人を初めて見ました。車とバイクがお好きなんですね。

相馬 そこに触れて頂いてありがとうございます。バイクは北海道にいる地の利を存分に味あわせてもらっています。

西村 フィールドに行く時も、バイクや車で行かれたり?

相馬 私はフィールドは持ってないので、趣味ですね。

西村 バイクは北海道に来てからですか?

相馬 いえ、首都圏にいた頃から。ラボや大学の一日の移動だけで片道70キロみたいなこともあり。首都圏の移動は結局自動二輪が一番便利だっていうプラクティカルな理由でバイクの免許を取りました。2007年から立教で非常勤講師を務めたり、理化学研究所(理研)で研究員をしていたり。ポスドク時代は神奈川県・葉山。それらを全てバイクで移動していました。

西村 理研は埼玉県和光市ですか?すごく遠いですね。

相馬 そうですね。でも、ジョギングや水泳するみたいに、いろいろと考えることができてフィジカルにもメンタルにも良かったです。

相馬 准教授のバイク、写真右に見えるのは支笏湖(提供:相馬 准教授)相馬 准教授のバイク、写真右に見えるのは支笏湖(提供:相馬 准教授)

西村 前向きにこの距離を受け取れるのがすごいですね。今日はそもそもなぜ鳥の研究を始められたのかをさかのぼって教えてください。

相馬 15-16歳のころに"アニマルウォッチング"という本をたまたま図書館で借りて帰ったんです。私は研究者になりたかったんですけど、「やりたい研究ってこれなんだ」というのを明確に感じて。でも"動物の行動"を研究したいと思ってもどこに進めばいいかわからなくて、多分東大に行ったら大丈夫だろうと。そんな感じの進路決定をしました。実は私、鳥が好きじゃないんですね(笑)。

西村 動物から入って、たまたま鳥が研究の対象になったんですね。

相馬 その通りです。自分の中にある曖昧な興味をよく考えると脊椎動物の行動、その中でも社会的な行動に興味があるんだと気づきました。社会行動って心理学的な側面があるので心理学寄りのアプローチができる研究室に進みました。指導教官は行動生態学者の長谷川寿一(はせがわとしかず)先生(東京大学名誉教授)で、卒業研究の話をしている時に、私はどうもフィールドをやりそうな人には見えないらしく「君をアフリカに送り込むのは心配だ」と言われまして(笑)。「東京でできるフィールドワークをやったらいいじゃない。カラスがかわいいって言っていたでしょ?」ということで、カラスの研究を始めたのが今の研究のきっかけです。

西村 なるほど。研究者になりたいって思われたのはなぜですか?

相馬 「なんでなんで?どうして?」と、知りたがりの子だったからです。あともう一つは、ティーンエイジャーの頃って経済活動に組み込まれたくなかったんです。企業の利益を出すために自分が歯車になる生き方をするのが嫌だったんです。

西村 研究者という職業を知る機会はなかなかないと思うのですが。「研究者っていう仕事がある」と思ったのは?

相馬 うちの父親が企業研究者なんですね。有機化学の研究をしていて、いわゆる、身分は研究員でした。香料関係の仕事だったので、いつも香料のにおいがしました。研究という職業自体は身近だったのかもしれません。

西村 なるほど。「研究者は存在としてあるんだ」と、「そういう仕事っていいな」という中で、動物行動がピンときたんですね。

相馬 そうですね。あとは母親が専業主婦であることに不満だったようで、経済的に独立できるように「医者になれ」とよく言われていました。「人間は嫌いだから医者は嫌だ」と言ったら「じゃあ、貧乏学者になりたいなら、それでもいいわよ」と。それが母との妥協案でした。

西村 貧乏学者になりたいっていうのはわかります。僕もなりたいものの一つでした。じゃあ研究対象の鳥っていうのは降って来たんですね。

相馬 はい。私、動物はネコやイヌが大好きだったり、クモや無脊椎動物も好きなんですけど、研究対象として見た場合に、鳥に面白さを感じていて。ただ、鳥を好きとはあんまり言えないんですね。学問として興味があるのと、鳥を愛するのは自分の中では違いますね。

イギリス・ブライトンの街角にて文鳥のストリートアートを発見(提供:相馬 准教授)イギリス・ブライトンの街角にて文鳥のストリートアートを発見(提供:相馬 准教授)

西村 研究対象としての鳥の面白さに気付いたのはどんな時ですか?

相馬 ある時一瞬で気付いたわけではないんです。鳥の面白さの一つは、飼育である程度実験的にコントロールした状態なのに、生態学的に妥当なデータが得られるというのはとても面白いんですね。つまりラボで生態学ができる。

また、以前カラスの研究をしていた時は、実験上必要だったのでカラスにエサをやっていたんです。すると、カラスはエサをワーッと詰め込んで、別の場所に餌を隠すんですね。「あ、貯食してる」と見に行くと、カラスが気付いてエサを隠し直すんです。

そういうやり取りを通じて、カラスが何を思って行動しているかという推測がつくんですけど。これは昆虫だと難しいのですが、行動を仮説検証できるほどの認知能力のあるカラスを研究のメインにしたのは面白かったですね。

西村 なるほど。面白いですね。コミュニケーションが取れる感じがしますね。

相馬 はい、カラスとはコミュニケーションが取れますね。研究するうちにカラスの鳴き声ができるようになってしまって。たまにカラスを呼んじゃったりします。

西村 呼べるんですか?

相馬 来ちゃうって感じですかね。家で仕事しながら「カラスが鳴いてるな」と思ってお返事していると、「あ、来た」みたいなことは結構あります。たまに練習しないと下手になるのでついやっちゃうんですよ。カラスは集合声と言われる声があって、独り占めできないようなエサがある場合、自衛のために「みんなで群れになろうね」と、お互いに呼び合ったりするんです。

西村 うちの3歳の子が家でカラスの鳴き声を練習しているんですけど、うまくなると来るんですね。

相馬 ちゃんと反応してくれると思います。仲間がいると思って来るよりは、「なんかおかしいな」って見にくる感じだと思います。

西村 人間と同じように声や音を認識しているということですか?

相馬 鳥の可聴域はかなり人間と近くて、人間とほとんど同じように聞こえています。そして、人間の方がマネが上手で卓越した能力を持っているので、カラスを操作できるということだと。

西村 いろんな音を出すことに関して人間はちょっと上なんですね。

相馬 そうだと思います。

ヘメンディンガー そもそも鳥には耳がないように見えるんですが、どこで音を感知しているんでしょう?

相馬 羽で隠れていますが、頭部に窪みがあって、そこで音を感知しています。

ヘメンディンガー なるほど。イヌは聴覚が優れていると言いますが、鳥はどれぐらい優れているものなんでしょう?

相馬 聴覚を何で定義するかにもよりますが、感知する周波数帯域は人間よりはちょっと狭いぐらいです。あと『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』(本川達雄著/中公新書)という本もありますが、生き物によって時間軸って異なるので。鳥の時間解像度、要するにどれだけ速い音で聞けるかということでは、多分、鳥は私たちよりは早い時間軸で生きていると思います。

西村 確かに鳥ってすごく早く動きますよね。じゃあもう彼らの世界観は、僕らよりもだいぶ早いということ?

相馬 そうだと思います。そもそも、彼らの飛行している動きを見ていただいたらわかると思うんですけど、動きが速いっていうことは、それだけ速い速度の中で世界を認識できるという状態で生きている。

西村 そうか。鳥はその一点においてはとても賢いっていうことですよね。

相馬 そうだと思います。ただ、その代わり寿命もかなり短いです。

西村 面白いですね。少し話が戻りますが、カラスの研究をされた後に、「このテーマが面白い」と思われたきっかけも教えてください。

相馬 研究の変遷を話すと、カラスの研究には障害があったんです。それはオス・メスの区別がつかないんですよ。科学的に中を切れば解剖すればわかるんですけれど、東京でカラスを研究しても誰が誰だかわからないという状況が生じる。私は社会行動に興味があるのに誰かわからない状態が、とても大変だったんです。だから、飼育でやりたいと。しかもオス・メスや年齢、誰から生まれた、ということがわかっていた方がいいということで飼育の鳥に移行しました。

カラスは外見からはオス・メスの区別がつきにくく、社会性を研究したかった相馬准教授の研究対象は変遷していった(写真:フリー素材ぱくたそ)カラスは外見からはオス・メスの区別がつきにくく、社会性を研究したかった相馬准教授の研究対象は変遷していった(写真:フリー素材ぱくたそ

相馬 それで理研の岡ノ谷(おかのや)一夫先生という小鳥が音声を学ぶことと、人間の言語獲得と結びつけながら考える研究をしているラボにお世話になっていて、私は行動生態学のアプローチから考えようと、ポスドクぐらいまで研究していました。

その時に気付いたのが、音声ばかり研究していましたが、ジェスチャーの部分の視覚情報はどうなっているんだろうと。例えば、話を聴きながら相手がうなずく。これもすごく重要なコミュニケーションの要素。なので、聴覚と視覚を合わせてコミュニケーションを理解したいなと思って、だんだんと今の研究に近づいてきました。

西村 なるほど。理研の岡ノ谷さんのラボにいらっしゃったのかなと思っていました。

相馬 そうです。客員研究員みたいな身分でずっと出入りをさせてもらっていました。

西村 鳥やコミュニケーションの研究者は多いと思うんですが、相馬さんのように鳥の顔の目の周りとか、見た目について研究をされている方は多いですか?

相馬 鳥の見た目にも研究の偏りがありますね。鳥ってカラフルで、見目麗しい鳥がたくさんいるじゃないですか。

西村 すごい尻尾とか。

相馬 はい。なので羽根の色素の研究や、鳥が色や形をどう見ているかといった研究は多いと思います。ですが、動きなどの視覚的情報についての研究はそれほど多くない。なぜかというと、音声は物理的に解析がしやすいのですが、動きのように三次元的なものを解析するのはデータを取るのも大変だし、手間がかかるんです。かつ、鳥の見た目の研究では鳥の頭の部分がなぜ禿げているのかだったり、模様に関する研究がないんです。ハゲているところって血色依存、色素沈着が少なくて標本にも残らないし色のスペクトルが物理的に測れないので。

西村 じゃあ研究もちょっと大変ということですね。

相馬 そうですね。

鳥のコミュニケーションを視覚と聴覚の双方からアプローチする

西村 鳥のダンスの研究で「つがいの仲の良さ」について話をされていましたね。これは、互いが同調してダンスをするっていうことなのかなと思ったんです。「僕らは同調できるよ」ということを一生懸命示すのかなと思って。その様子をずっと観察をしながら「ちょっと動いた、ちょっと動いた」みたいなのをカウントしていくのですか?

相馬 それに近いです。私たちが研究しているスズメ目(鳴禽類)カエデチョウ科の鳥種はダンスの定型性が高いので、ある要素をこちらがやったら、あちらも返しているかを見る。フリームービングでなんでもできますという状態で動きを定量するのは難しいですが、上下運動するなど決まったパターンでは同調性をある程度見れます。ダンスより簡単なのは音声研究です。音声研究の場合は、音を流して鳥が反応するかを見るんですよ。

西村 なるほど。再生できるんですね。

相馬 同じことを、例えば視覚的なジェスチャーでやろうと思った場合に、ロボットの鳥を用意するか、iPadで鳥を見せるのかなのですが、両方とも不自然なんですよ。生の鳥のインタラクションを見る場合、相乗効果によって因果関係が明らかにできないんです。

なので、私たちは今手乗り文鳥を扱っているんです。手乗り文鳥は、人間を求愛相手と思うように育ってきた鳥なので、求愛行動として私たちが動いてあげると彼らも動いてくれる。つまりこちらの動きをコントロールできる。定型的なあるリズムの私たちの動きに対して、彼らが反応するかを見るということを実験しています。

給餌中の雛の様子(提供:相馬 准教授)給餌中の雛の様子(提供:相馬 准教授)

西村 そんなやり方ができるんだ、なるほど。文鳥はなんで人間の動きを「自分たち向きだ」と思い込むんですか?

相馬 性的刷り込み(セクシュアルインプリンティング)と言いますが、ずっと人間に育てられると、つがい相手の認識、要するに自分の種の認識が人間になっちゃうんです。ヒヨコも、親に関する学習がすごく短期間に成立する時に、人間を見ちゃうと親だと思うっていうのと同じです。

つがい相手に関する認識はもう少し長い時間が必要で、また鳥の種類によっても違います。生得的なバイアスが強いものと、社会経験を積みながら学ぶものがあるんですけど、つがい相手を認識する期間が長い鳥は、文鳥のように人間がかわいがってあげると、飼い主を大好きになる。

西村 ではさっきの動きの話はもっと遺伝的ということ?

相馬 そうですね。基本的に、あらゆる個体が育ちにかかわらず出す行動は、遺伝的なフレームワークの影響が強いだろうという推測のもとに、動き自体は生得的に持っていて、誰に対してその反応を示すかは学習によるところが大きいと考えています。

性的刷り込みは面白いですよ。人間でも、例えば女性だったら、結婚相手とその人のお父さんがそっくりってことがよくあるじゃないですか。

西村 ありますね。よく見てきたものが、関心を持つ対象になりやすいということですね。

相馬 女性目線で言えば、結婚相手となりそうなオスの典型例が自分のお父さんだっていうことですね。

西村 ロールモデル化しているんですね、いつの間にか。

相馬 鳥もお父さんが大好きですよ。じゃあ近交弱勢(きんこうじゃくせい)は起こらないかとか、そこは議論の対象になっていて私たちも不思議だと思うところなんですけど。

西村 鳥の認識はどうなっているんだろう。自分の認識とは関係なく、別の存在をつがい相手として認識しているっていうことですよね。

相馬 そうですね。多分、自己認識っていうのは動物にとってはかなり難しい概念で。

おそらく、自己認識を持つのを科学的に証明するのは難しいんです。鳥にオモチャで鏡を与えるのも、自分が見えるから楽しいというより「お友だちがいるかも」ということだと思います。

西村 鳥って、思っていたより人間として考えても通用する行動がいっぱいですね。

相馬 鳥が研究材料として面白いのは、彼らは家族というところですね。多くの鳥ってお父さん、お母さんが必要なんですよ。ひとり親で育たない。そういう生態学的な特徴を持っているんですね。なおかつ複数回繁殖するので、お父さんとお母さんが協力し合うという状況が生じる。そのために、「つがいの絆」と言って、ずっと添い遂げるという状況が生じます。

社会関係の一番最小単位は、親や兄弟です。その構造が、少なくとも私が見ている鳥は人間とすごく似ているので、どういうコミュニケーションが進化したかを考えるのは面白いなと思っています。

鳥の研究から人間の振る舞いが見えてくる

西村 コミュニケーションって、その社会の在りようと密接に関わっていると思うんです。それが生得的なところと関わっているから完全に学習だけで成り立っているわけではなくて、自分たちで学びやすい、やりやすいところと噛み合ってコミュニケーションが生まれている。動物としての人間の振る舞いみたいなことが鳥の研究から見えてくるんじゃないかなと思っていたんです。

相馬 それはおっしゃる通りだと思います。違うところもあれば非常に似ている部分もあるんですが、鳥を見ることは、私たち自身の理解を深めることだと思っています。

西村 そもそもコミュニケーションって何なんだろうって思ったんです。例えば、声を使ったコミュニケーションをしない動物の方が多い。でもなんで人間はこんなことをやっているんだろう。たまたま声を手に入れて、うまく使っている。

相馬 それだと思います。興味深い点は、コミュニケーションって道具をつくるとか、文化を伝えるためとか必要な情報を伝えるために必要だったという考え方もできますが、実際には私たちのコミュニケーションって必要じゃないことを話していることが多いですよね。

でも必要じゃないところで役立っているのを見ると、相手との距離を縮めたり関係を深めるために発揮されたりする。鳥の場合一番コアな関係は、親子またはつがい、あるいは群れ。相手とのプラスの関係を築く向社会行動においてコミュニケーションに意味があるかなと思います。

西村 なるほど。じゃあ向社会行動が取りたかった上に、たまたま歌えて、うまく向社会行動が取れたみたいな感じですか?

相馬 そうですね。ここ数十年ぐらい人間の音を聞いて学ぶ能力は言葉の習得のためだ、といろんな研究者から言われているんですが、音楽的な行動をするためにもすごく重要なんです。音楽って、人と人のプラスの関係にすごく結びつく。人間の音楽的な行動と鳥の音楽に対応するようなコミュニケーション行動を対比してみるのは、意味がないかもしれませんが面白くて最近研究しています。

西村 鳥のダンスもその一つだと思うんですけど。

相馬 そうです、そうです。

動画:セイキチョウの求愛ダンスの様子(提供:相馬 准教授)

西村 相馬先生の研究の中で、歌よりもダンスの方が先に出てくる。この順番もすごく面白いなと。

相馬 人間の赤ちゃんもそうですよね。まず、腕を動かすといった動作をしませんか?よく赤ちゃん研究者の場合は、喋れる前に、動作が出てくることと関係あるんじゃないか、と言われたりもします。

西村 以前ある研究者の方から「人間以外に歌えるサルはいない」と言われたことがあるんですけど。ダンスをするというのも人間特有なのでしょうか?

相馬 実は人間以外にも歌うサルはいるんです。クジラの歌と似ている感じですが、歌う霊長類はいるんですよ。そしてこうした霊長類は全て実は一夫一妻なんです。ニホンザルみたいな一夫一妻じゃない動物は、歌わない。ちなみに、歌うサルってとても歌らしい、つまり、私たちが聴いて歌だと思うように長々としたメロディーらしきものがありそうな感じで歌うんです。

ダンスは他の動物にも見られますね。鳥は結構踊ります。わかりやすいのはタンチョウヅル。ダンスをどう定義するかにもよるのですが、ある程度定型的な動きの繰り返しで、しかも儀礼的にコミュニケーションに寄与するのをダンスとみなすと、鳥以外にもクモだってダンスをします。


動画:長寿や吉祥のシンボルであるタンチョウヅルも求愛のダンスを踊る(提供:相馬 准教授)

相馬 最近『動物行動学』(オールコック・ルーベンスタイン著)という教科書を訳したんですが、その表紙を飾っているクモは踊りますよ。しかも、音というか振動を出しながらお腹の辺りを打ち付けながら踊ります。メスはハエトリグモの仲間で小さくて見えないんですけど踊りますね。

西村 やはり何らかのつがい行動に関わってくるんですか?

相馬 おそらくそうだと思います。このクジャクに似ている派手なピーコックスパイダーというクモは種類がたくさんいすぎて、自種の認識のために必要なのではないかという説があります。ですので、人間が踊る理由とは違いますよね。鳥の場合には、意思疎通と相手のクオリティの査定とかいろいろあるのですが。このクモの場合、踊る理由はおそらくメスが選り好みしているからだと思うんですけど。例えばどんな感じだとメスにモテるというのは、まだあまりわかっていないですね。こういうダンス的な行動は結構あると思われます。

西村 面白い。クモの場合は、合言葉的な感じかも?

相馬 そうですね。合言葉が複雑化しちゃった感じですね、きっと。

西村 なるほど。「山」、「天」みたいなやつですね。すごく面白いのが、ダンスをできるペアがいて。このペアは「仲がいいんだぞ。だからこっちに来ないでね」みたいなことですよね。その方が、生き残りやすいっていうことですか?

相馬 よく子孫が残せる、ということだと思います。

西村 そういうことか。

相馬 そうそう。だから、うまくやっているカップルほど、たくさん子どもが残せるから進化してきたので。カップル同士がうまくやるためと、周りにもそれがわかること。特に、ツルは非常にアグレッシブで、自分たちのテリトリーを守るためにつがいをつくって、「来るな」という感じだと思うんですけども。それはおそらく子どもを残すというところに寄与するようです。

鳥の羽の模様や表情にも着目

西村 歌にしてもダンスにしても、ちゃんとペアリングできる感じがするのでわかりやすいですね。顔の見た目についても研究されていらっしゃいますが、顔の見た目はペアリングとはあんまり関係ないんですか?

相馬 これは生理的な、内的なコンディションがすごく出るっていう意味で情報を伝えているんです。人間もそうじゃないですか。真っ青な顔色になっていたり、怒ると真っ赤になったり。一方、文鳥は季節性があんまりないんですが、「今繁殖のモチベーションが高くなりました」というのが顔に出た方がいいという意味で、クチバシと目の周辺が真っ赤になるのは短期的に起こります。あと、内分泌的なホルモンレベルとかを反映している可能性もある。

西村 それがハッキリ伝わる良さがあるっていうことですね。

相馬 そうです。正直な信号って私たちはよく言うんですけど。要するにすごく調子が悪いのに血色がよくなるのってかなり難しい。それと同じで、生理的な状態を正直に反映する情報なのだと思います。

西村 なるほど。ハッキリとモチベーションが高いと正直に伝えると、繁殖の機会を得やすくて、その子が産まれやすい。そういうのがいっぱい残って進化してきたということなんですね。うまくできているな、なるほど。

相馬 実は、文鳥は目の周りのリング状の部分(アイリング)が血色もりもりで、繁殖期になるとニワトリのトサカみたいに、そこの組織が膨れるんです。

目の周り(アイリング)が赤くなっている文鳥(提供:相馬 准教授)目の周り(アイリング)が赤くなっている文鳥(提供:相馬 准教授)

相馬 それを私たちが研究している理由の一つは、もちろん人間の表情とも関係あるのですけど、みんながそうだと思い込んでいても実はまったく検証されていない科学があまり好きではなくて。「鳥は自分の捕食者が自分を見ている目玉を怖がって避けるはずだ」とよく言われるんですが、研究されている鳥の種類に偏たりがあるので、実際に鳥が模様をどう見ているのかを研究したいと思っているんです。

さらに、彼らが模様をどう見ているかという関連についても研究しています。具体的には、私は実は集合恐怖症で、集合恐怖に興味があっていろいろと調べているんです。例えば水玉模様。毒があるとか、注意をひく模様で生物学的に意味があるんです。

西村 なるほど。それは、人間の水玉模様についてですか?

相馬 鳥についてですね。コモンチョウという鳥を飼っていまして、この分類群には水玉模様をたくさん持っている鳥がいるんですが。コモンチョウは求愛する時に水玉のあるあたりだけ膨れるということがあるんです。鳥の水玉模様がなぜあるのかと、鳥自身が水玉模様にどれだけ反応するかを考えています。生物学的な意味で水玉模様の意味がわかることによって、私たちの集合恐怖がどこから来ているのかを考えるのが面白いなと思っています。

ヘメンディンガー 鳥は威嚇や求愛などいろんな方法でコミュニケーションをしているんだなと感じるんですが、すなわち「知能が高い」と捉えるのは間違いでしょうか。

研究のために飼っているコモンチョウ(提供:相馬 准教授)研究のために飼っているコモンチョウ(提供:相馬 准教授)

相馬 カラスは賢いと思います。ですが、私たちが研究している鳥は、結果を予測して行動するという賢さはないと思われます。こういう状況ではこういう行動をするということが、ある程度進化的に獲得してきたものです。

ヘメンディンガー パターンとして動きを認識していて「こういう時にはこう動けば間違いない」みたいな。

相馬 それはすごくあると思います。「今、この状況ではこれを出しますね」っていう感じのことをやっている可能性は十分ありますね。

多様性の中で、人間も鳥も理解したい

西村 鳥と人間と、相馬先生にとってどちらの方が興味があるのか知りたいです。

相馬 私の興味はどっちかというと人間に向いているのかもしれないのですが、人間は研究したくないんです。

西村 そうなんだ。

相馬 人間を対象に研究すると許諾の問題とか、インフォームドコンセントとか、人間と関わるのは恐怖なんです。鳥は動物実験計画書の提出さえすれば「実験していいですか?」って言わなくて済むので(笑)。

もう一つは、人間だけを見ていても、人間は絶対にわからないから。生物学的な多様性の中で、人間も鳥も理解したいと思っています。その時に人間と対応するけれど全く別の生き物を見るというのは非常に手がかりになるというのが私のアプローチです。

西村 いろいろな動物がいる中で、なぜ人間と鳥の組み合わせなんだろう。

相馬 繰り返しになりますが、鳥を通して人間を見るアプローチの仕方の良い点は、両者に社会性という共通点があること。鳥は人間が家族や親子、集団やコミュニティみたいなものの中で生きているのと非常によく似た生態学的特徴を持っているんです。その中のコミュニケーションは、人間の場合には視聴覚コミュニケーションに依存しがちなんですが、鳥も音を聞いて学んだり、人間と同じように視覚的な身振りがあって行動を示すものもいます。

北大キャンパスで撮影したオシドリ。鮮やかな羽を持つ方が雄で、おしどり夫婦の語源にもなっていることで知られる北大キャンパスで撮影したオシドリ。鮮やかな羽を持つ方が雄で、おしどり夫婦の語源にもなっていることで知られる

相馬 もう一つは、人間を多様性の中で捉える場合には、霊長類の多くと人間は実は隔絶しすぎているんです。特にチンパンジーやボノボが一番人間と近縁だと言われているんですが、今申し上げた社会的な部分に焦点を当てると、全く違ってしまっているんですね。そこのギャップが大きいから、なぜ人間が卓越した能力を持つようになったのかは見えていない。

鳥の場合には、ある種に着目すると特徴が違う近縁な鳥の種類がたくさんいて、多様性の中で、じゃあどうしてこの行動が進化したのかということをもう少しグラディエントに考えやすいんです。

西村 鳥と人間って、見た目も進化の過程も違いますよね。なんでもうちょっと近い種に比較できる動物がいないんだろう。こんな遠いのに近しい行動をとるものがいるってなぜなんでしょう?

相馬 様々な進化は、進化的な近縁性で説明される部分がありますが、収斂進化(しゅうれんしんか)といって、近縁じゃなかったとしても、ある社会要因が作用した時にすごく似た特徴を持つようになると考えらえるのではないかと思います。

西村 鳥と人間は、置かれている環境に共通点があるのでしょうか。

相馬 社会的な環境が似ているのと、もう一つは視聴覚依存であるところ。そして、鳥の場合には世代時間が少し短いので生物学的に扱いやすいということもあります

西村 人間が生き残って来たプロセスと、歌う鳥たちが生き残ってきたプロセスって、何かしらの共通点があるんだろうかって思ったんですが。

相馬 それはない気がします。これまで人間が進化してきた道を考えると、結局ワンアンドオンリーになっちゃった気がするんですよね。それと比べると、歌う鳥たちってすごく多様化した一つの分類群なんです。鳥は1万種いるうちだいたい6千種が歌う鳥です。彼らはどっちかと言うと、ワンアンドオンリーじゃなくて多様化することの進化を遂げてきたのです。そういう意味での進化の仕方は全く異なるかもしれません。

西村 なぜ人間はあまり仲間がいない状態になったのでしょう。

相馬 どうしてでしょうね。私たちは要するに最強だったのかもしれないと思います。私たち人間は、こんなに知的な能力を進化させてきた存在であるにも関わらず、自分自身が生物学的にどういう存在か、どういう行動傾向を持つかを実はよくわかっていない。少なくともわかっているのは、私たちの振る舞いはものすごい他の生物に影響を与えていること。ある意味影響が強すぎる種類の生き物なので、競合するものたちがいなくなったのか、と。

西村 鳥は、周りの環境を変えたりはしないのでしょうか?

相馬 するのもいますけど。多分、どちらかと言うと、なるべく競争を避ける方向で多様化してきた部分がたくさんあると思います。

西村 そうやって見ると、共通点があるからこそ人間の特徴も見えてくるということですね。動物としての人間ってすごい面白いですね。

相馬 そうですね。生物学は起こっていることに対して「現象はこうだ」とは言えるけど、「それが倫理的に正しいかどうかは言えない」とよく中高生にも言うんです。ただ私たちは、人間はこういう存在であると知る必要があると思っているんですよね。

西村 人間が何なのかがもうちょっとわかれば、対処の仕方もわかるだろうし。

相馬 そうですね。私たち人間って、結局自分自身で制御不能になっている部分がある。

西村 「人間ってこういう動物でこういう行動が好きだから」ということがわかればその結果、今の社会になっているということが見えてくるかもしれないですね。

相馬 そうですね。中高生から「それが何が役に立つんですか?」とよく聞かれますが。「社会に役立つ以前に、人間存在そのものを理解することって必要なんだよ」と繰り返し言っているんです。例えば、哲学とか歴史とか、人文系の学問は人間存在に対する理解ですよね。

そこが欠けてしまったら、すごくまずいことになるかもしれない。なので役に立つという目先じゃない俯瞰的な視点って、若い方だったとしてもやっぱり持つ必要があるのかなと思います。

西村 そうですね。自分たちにとって都合の良いことをやっていれば、どこかで破綻する可能性は十分にあります。それをあまり見ないで「今の社会はこうだから」と繰り返していると、社会適応はできたとしても、動物として地球に適応できなかったということになるかもしれない。お話を聞いていて、地球上で動物としての人間が適応できるのかどうかを振り返る必要があるなと思いました。

インタビューを終えて

いかがでしたか?鳥と人間。進化の過程では全く異なるのに、歌やダンスに見られるコミュニケーションや社会性など、生活する環境や視覚に依存する生物であるからこそ似た進化を遂げたというのはとても興味深いお話でした。

私の中で最も印象に残ったのは、人間は他の環境を大きく変えることで進化してきたのに対して、鳥はなるべく競争を避ける方向で進化してきたという相馬さんの言葉。鳥という存在を介して、私たち人間が私たち自身を知ること。改めて小さきものへの声に耳を傾ける必要があると再認識しました。

(ライター:ヘメンディンガー綾 インタビュアー:西村勇哉 編集者:増村江利子)

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