マルチリンガル教師が教育学に新たな風を吹き込む

メディア・コミュニケーション研究院 特任准教授 エリック・K・クー

<写真>エリック・K・クー特任准教授。手にしているのは新刊『Teachers of Multiple Languages: Identities, Beliefs and Emotions. 』(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 Sohail Keegan Pinto)

世界は多様な言語にあふれ、英語が共通語として話されるなか、メディア・コミュニケーション研究院 特任准教授 エリック・K・クーさんは、多言語を扱う教師を取り上げた研究はこれまでなかったと話します。クーさんは、複数の言語を使いこなす教師が抱える特有の課題を表すために、「Teachers of Multiple Languages (TML)」(多言語を教える教師)という用語を提案しています。

クーさんは、言語教育研究において「多言語を話せる教師」は取り上げられるものの、「多言語を教える教師」は見落とされがちであることに気づきました。そして、多言語教育の難しさに取り組んでいる教師を表す共通用語がないことを指摘。さらに、これまでの研究は分散的であるため、言語学における総合的な研究や対話を可能にする統一概念が必要だと訴えます。

クーさんが多言語を教える教師の研究とインタビューのためにに訪れた台湾の小学校の教室(撮影:エリック・K・クー)クーさんが多言語を教える教師の研究とインタビューのために訪れた台湾の小学校の教室(撮影:エリック・K・クー)

そのような視点で研究を進め、クーさんは著書『Teachers of Multiple Languages: Identities, Beliefs and Emotions. 』にまとめました。この本でクーさんは、複数の言語を教えたことがある教師のケーススタディーをまとめ、比較しています。教師らの経験に触れ、それを比較し、多言語を教えるとはどういうことかについて共通認識の醸成を促すこの本は、言語学者にとっての道しるべと言えます。

言語教育を子細に理解しようと情熱を燃やすクーさんは、現在の教員養成プログラムの欠点に言及します。アメリカと台湾で教育に関わった自身の体験を振り返り、教育学において、多言語教育に熟達した教師の経験について議論を交わすことが重要であると強調します。

言語学研究の複雑さを説明するクーさん (撮影: Sohail Keegan Pinto)言語学研究の複雑さを説明するクーさん (撮影: Sohail Keegan Pinto)

クーさんは、アイデンティティ、感情、そして多言語主義がどう交わるかという研究の核心に迫ります。「非ネイティブスピーカーというレッテルを貼られることも多い言語教師が、自分の多言語性とどのように向き合っているのでしょうか。こうした疑問は、言語教師が、自分自身や教室における自分の役割をどのように感じているかを考えるきっかけとなりました」と話します。

クーさんは、言語的アイデンティティが教師に影響を与えるといい、「多言語主義は新しいタイプの教師を形成する」と話します。ブラジルやオランダの状況を例に挙げ、多言語を教える教師を正式に認知することが急務であるとするクーさんの主張は、多くの教師の共感を呼んでいます。クーさんは自身の研究の中で、多言語を教えるという難しい役割をこなせる教師を育成するには、正規の訓練が不可欠であると強調。また、研究では、教師の心情を精査し、アイデンティティや感情、考え方など多面的にアプローチしています。

10年近く英語と中国語を教えてきた教師をインタビューした際のメモ(提供:エリック・K・クー)10年近く英語と中国語を教えてきた教師をインタビューした際のメモ(提供:エリック・K・クー)

続いてクーさんは、バイリンガル教育における世界共通の課題について説明しました。特に、母国語が英語でない環境下で、科学や芸術といった教育を英語で行うことに着目。国際的な競争力を養いながら、母国語や文化を守るというバランスをどうとるかについて話しました。

クーさんの研究には共同研究が不可欠です。特に、言語を教えるという経験には、それぞれ異なる文化や言語が背景にあり、それらを比較する上で共同研究が重要になります。クーさんは、研究者同士が学術面での課題を乗り越えられるよう、毎週バーチャル・セッションを開いてサポートしているそうです。

クーさんの研究は、多言語を扱う教師の課題を浮き彫りにするだけではなく、言語学におけるパラダイムシフトを求める呼びかけでもあります。「Teachers of Multiple Languages(TML)」という言葉は、単なる用語に留まりません。それは、多言語を教える教師の存在を認めているという証であると同時に、教師にとっては自己認識のためのツールであり、そして、言語教育を世界的に変革するためのきっかけなのです。

(撮影: Sohail Keegan Pinto)(撮影: Sohail Keegan Pinto)

クーさんはこの他にも、言語教育におけるLGBTQ+の問題についても研究していて、保守的な教育環境でLGBTQ+の教師が直面する課題を取り上げています。また、言語教育と多様なアイデンティティとがいかに重なりあっているかを調べたり、特に芸術に基づいた方法論を通して、革新的な研究の実践に取り組んでいます。

この記事の原文は英文です(Spotlight on Research: Tongues of Transformation--Multilingual Educators Shaping Global Pedagogy | Hokkaido University

【再編:広報・コミュニケーション部門 Aprilia Agatha Gunawan】