【北大とクマ#5】クマとともに生きる

<写真>山奥でひっそりと暮らすクマがいる一方、人の生活圏に出没するクマが増えてきている(提供:坪田敏男教授)

この記事は、学外向け広報誌「リテラポプリ」第73号(2024年)の特集記事を掲載したものです。肩書き、学年はすべて取材当時のものです。

世界のクマは、気候変動の影響で絶滅の危機に瀕する種も存在する。クマ研究の第一人者は国内外で研究を続け、ヒグマの科学的な情報を社会に役立てたいと奔走する。北大の研究者が考える、「クマと人との共存」とは。

ホッキョクグマを追って

北海道大学総合博物館長も務める獣医学研究院の坪田敏男教授は2023年4月、「ホッキョクグマの聖地」とも呼ばれるカナダの北東にある都市・チャーチルを訪れた。海氷に現れるアザラシを目当てに、たくさんのホッキョクグマが集まってくる場所だ。クマの研究を始めて45年、念願だったホッキョクグマの生態調査に初めて参加するため、坪田教授は共同研究者らとヘリコプターに乗りこんだ。眼下に広がる広大な海氷に空からじっと目を凝らしていると、パイロットが動物の足跡らしきものを見つけた。足跡をたどっていくと、黄色っぽい体毛に覆われた巨大なホッキョクグマが現れた。ホッキョクグマに麻酔をかけ、採血などのサンプル採取をした後、耳にGPSタグを装着して放し、行動や生態の情報を収集。解析は今も続いている。

カナダで実施されたホッキョクグマの生態調査の様子(提供:坪田敏男教授)カナダで実施されたホッキョクグマの生態調査の様子(提供:坪田敏男教授)
麻酔をかけられたホッキョクグマと坪田教授(提供:坪田敏男教授)麻酔をかけられたホッキョクグマと坪田教授(提供:坪田敏男教授)

地球温暖化が進み、ホッキョクグマをはじめとしたクマの生態にも影響が出始めている。クマ類は世界に3属8種が現存するが、そのうち6種は絶滅が心配されており、保全は喫緊の課題となっている。一方で、国内ではたくさんのクマが人里に出没し、2023年度は200人以上がクマによる人身被害に遭い、それに伴いクマの捕獲数は9000頭を超えた。坪田教授は、「日本を含め、世界のクマが置かれている状況は、決して良好と言えるものではありません。でも、世界的にクマの研究者は少なく、クマの生息数や生息状況、さらに生理・生態や行動など、わかっていることや社会に伝えられていることは多くありません」と懸念を示す。
こうした状況を踏まえ、坪田教授は、国内外のクマの生態調査や、若手研究者の育成費用に充てるため、2023年と2024年にクラウドファンディングを実施した。その結果、それぞれ目標金額500万円の倍に迫る額が集まり、これを資金源にホッキョクグマの調査も実現できた。坪田教授は、「予想を上回る金額が集まり、クマに関心を寄せる人の多さに驚きました。資金を活用して、クマの知識を一般の人に伝える普及啓発活動もしています」と語る。

北海道大学総合博物館長/獣医学A研究院 坪田敏男教授。北海道大学総合博物館にて(撮影:コトハ写 寺島博美)北海道大学総合博物館長/獣医学A研究院 坪田敏男教授。北海道大学総合博物館にて(撮影:コトハ写 寺島博美)

人とクマの共存のために

研究者や行政職員らでつくる「ヒグマの会」の会長も務める坪田教授は、クマの科学的な知見をもとに行政のヒグマ対策に関して提言をしている。北海道が定める「北海道ヒグマ管理計画」の運用について、「管理計画の実行性がまだ足りていないと感じています。地域ごとに野生動物の専門対策員を配置して、地域住民に対してヒグマの生態に関する正しい知識や効果的な防除方法の普及を総合的に担えるような人がいれば、できることはたくさんあると思います」と話す。

知床の海を見つめるヒグマ(提供:坪田敏男教授)知床の海を見つめるヒグマ(提供:坪田敏男教授)

人とクマが共存するために、できることは何か。坪田教授は、「クマの保全にとっても、人とクマの適切な関係を構築するためにも、クマの科学的な知見を増やし、広く伝えることは重要です。人とクマが共に生きられる未来のために、歩みを止めず研究を続けていきたいと思います」と思いを語る。

【文:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 齋藤有香】