【動画公開】知のフィールド #7 北海道大学 厚岸臨海実験所「海、森、川 つながる世界で」

北方生物圏フィールド科学センター 教授・厚岸臨海実験所長 仲岡雅裕

<写真>北海道厚岸町の断崖下にある北海道大学厚岸臨海実験所。奥が本館、手前が宿泊棟。歴史的な建物である一方、老朽化も課題となっている(撮影:GEOGRAMS 伊藤広大)

寒流系海洋生物を主な研究対象とする我が国唯一の亜寒帯臨海実験所として、1931年に設立された厚岸臨海実験所。絶景の観光名所、愛冠(あいかっぷ)岬の断崖下にあり、国定公園内という恵まれた自然環境の中で、海洋生態系の幅広い研究と教育に取り組んでいます。映像シリーズ「知のフィールド」の第7弾、「海、森、川 つながる世界で」では、研究者や学生たちのインタビューとともに、厚岸臨海実験所の施設と研究を紹介します。

知のフィールド #7 北海道大学 厚岸臨海実験所「海、森、川 つながる世界で」

断崖下に佇むモダン建築と、恵まれた自然環境

札幌キャンパスから東へおよそ300 kmに位置する厚岸臨海実験所。厚岸町の市街地を離れ、最後は断崖の急な砂利道を700メートルほど下ってたどり着きます。目の前には桟橋があり、藻場で緑色に輝く海が広がっています。

厚岸臨海実験所本館(撮影:広報課 広報・渉外担当 富塚直樹)厚岸臨海実験所本館(撮影:広報課 広報・渉外担当 富塚直樹)

1931年に建設された実験所本館は、外観はモダニズム、内装にはアールデコ風の装飾がみられ、DOCOMOMO Japan※1から「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定されるなど建築意匠的にも特徴があります。

厚岸臨海実験所本館の階段 厚岸臨海実験所本館の玄関
厚岸臨海実験所本館の階段(左、撮影:広報課 学術国際広報担当 川本真奈美)と玄関(右、撮影:創成研究機構 研究広報担当 菊池 優)。いたるところにアールデコ風の装飾がみられる
厚岸臨海実験所水族室。1996年(平成8年)までは水族館として一般にも公開されていた(左:1933-34年頃撮影、中央・右:1988年頃撮影、提供:北海道大学大学文書館)厚岸臨海実験所水族室。1996年(平成8年)までは水族館として一般にも公開されていた(左:1933-34年頃撮影、中央・右:1988年頃撮影、提供:北海道大学大学文書館)

およそ40ヘクタールの敷地内には、実習宿泊棟の他に、愛冠自然史博物館が併設されています。また観光名所、愛冠岬も敷地内にあり、この地域一帯は2021年に厚岸霧多布昆布森国定公園に指定されています。
「手つかずの自然環境が残されているのも、この実験所の魅力のひとつです」と話すのは、厚岸臨海実験所長の仲岡雅裕さん(北方生物圏フィールド科学センター 教授)。
ここでは、こうした恵まれた自然環境を生かし、海洋生態学や海洋生物学を中心とした幅広い研究と教育が行われています。国内外から多くの研究者や学生が訪れ、利用者数は年間延べ3,000人にもおよびます。

愛冠自然史博物館 愛冠岬
愛冠自然史博物館(5月から10月まで一般公開されている、撮影:富塚直樹)、本学の敷地内にある観光名所 愛冠岬(撮影:広報課 学術国際広報担当 Aprilia Agatha Gunawan)

仲岡さんは、「臨海実験所でありながら、奥には森林や川、湖、湿原などが広がっています。最近は森林や陸水の研究者と共同で、河川を通じた陸からの物質流入が沿岸域にどのような影響を与えるかなどの研究も行っています。ある意味、海以外の研究も盛んというのが大きな特徴かなと思っています」と語ります。また近年は、気候変動やマイクロプラスチック、赤潮などの環境課題や、人口減少に伴う地域社会の持続可能性などSDGsに関連した活動も増えているといいます。

写真:厚岸臨海実験所長・北方生物圏フィールド科学センター 教授の仲岡雅裕さん(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)写真:厚岸臨海実験所長・北方生物圏フィールド科学センター 教授の仲岡雅裕さん(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

船上での調査を体験「海洋生態学実習」

厚岸臨海実験所では、本学のみならず国内外の学生等を対象に年間十を超える実習が実施されています。6月下旬には、理学部生物科学科の学部3年生を対象とした臨海実習が行われました。定員30名の調査実習船「みさご丸」に、16名の学生達が乗り込み、厚岸港から大海原へ出航。海ではグループに分かれ、海水や植物プランクトンの採取、海洋環境の観測を行いました。船酔いする学生達の姿も見られましたが、なんとか全員が作業をこなしていました。午後からは、実習室で、採取してきた海水の分析、顕微鏡でのプランクトンの観察などを行いました。

船上で植物プランクトンを採取する様子 実験室で植物プランクトンを観察
船上で植物プランクトンを採取する様子(左)、実験室で植物プランクトンを観察(右)(撮影:コトハ写 寺島博美)

一連の体験を通じて、海洋生態系についての理解を深め、考察する力を養うことがこの実習のねらいだといいます。実習に参加した学生は、「実際に船での調査観測を体験することができて、想像以上に楽しかったです。これまで海について詳しく学んだことが無かったので、この実習で学ぶ全てのことが新鮮で興味深いです」と感想を語りました。

調査実習船「みさご丸」と実習に参加した学生たち(撮影:寺島博美(コトハ写))調査実習船「みさご丸」と実習に参加した学生たち(撮影:コトハ写 寺島博美)

国内外の研究機関と連携し、世界の海洋課題に挑む

近年、大気中CO2の新たな吸収源として注目されている「ブルーカーボン※2」。特にコンブやアマモなどの藻場は、高い炭素固定能を持つため、気候変動の緩和に向けて、その保全や再生が叫ばれています。
厚岸臨海実験所では、太平洋、大西洋の北半球温帯域から亜寒帯域にかけて広く分布する海草アマモを対象に、藻場とそこに生息する生物たちや環境との関係について、長年観測を続けています。またZEN (Zostera Experimental Network、アマモ場実験ネットワーク)をはじめとして、数々の国際プロジェクトに参画し、地球規模での比較解析を行っています。

厚岸湖のアマモ。海藻や海草など海洋植物にも、陸上の植物と同様に光合成により大気中の二酸化炭素を有機物に変換し、炭素を貯蔵する機能がある(提供:厚岸臨海実験所)厚岸湖のアマモ。海藻や海草など海洋植物にも、陸上の植物と同様に光合成により大気中の二酸化炭素を有機物に変換し、炭素を貯蔵する機能がある(提供:厚岸臨海実験所)

厚岸臨海実験所には、3名の教員と博士研究員、2名の技術職員、そして10名の学生たちが常駐し、教育研究活動に取り組んでいます。海や川などに溶け出した有機物の循環を調査しているのは理学部4年の文谷和歌子さん。「溶存有機物のなかには生物にとって利用しにくいものがあり、分解されないまま海に運ばれて沈み、何千年も残ると言われています。そのため、ブルーカーボンとして注目されています。溶存有機物の動態を調べることで、ブルーカーボン生態系の仕組みを明らかにしたいと思っています。」と語ります。

理学部4年の川島有貴さんは、アマモから放出される物質がマリンスノーの元となるなどして、海の生態系でどのような役割を果たしているのか研究しています。「アマモから出る透明なネバネバした物質は、周りの有機物を吸着して海底に沈殿していきます。それがブルーカーボンに寄与しているのではないかと考えて、研究しています。」と説明しました。

理学部4年 川島有貴さん 文谷和歌子さん
理学部4年 川島有貴さん(左)、文谷和歌子さん(右)(撮影:Aprilia Agatha Gunawan)

厚岸臨海実験所では、ドローンや衛星を使った、空や宇宙からの観測にも力を入れています。北方生物圏フィールド科学センター 准教授の伊佐田 智規さんは、生物学的なアプローチに加え、衛星データを用いた植物プランクトンの識別モデルの開発も進めています。「海洋環境を知るために、採水して、どんな植物プランクトンがいて、どれくらい光合成をしているのか現地調査しています。さらに衛星データを用いることで、より広範囲にわたって植物プランクトンの分布や二酸化炭素吸収量を観測しています」と話します。

環境科学院 修士1年のWilly Angrainiさんは、親潮(寒流)域の植物プランクトンの光合成量に海水温の上昇がどのような影響を与えるのか調べています。「海表面の温度が上がると、海表面と深層の間に異なる層ができます。この層が生じると、海底の栄養分が海面まであがっていかず、植物プランクトンに十分な栄養分が生き渡らないことになります。ですから海水温の上昇は、将来的に光合成量の減少につながるかもしれません」と警鐘を鳴らします。Willyさんは自分達の研究成果が政策決定の際の参考になるなどして、社会につながるのではないかと考えています。

北方生物圏フィールド科学センター 准教授の伊佐田 智規さん 環境科学院 修士1年のWilly Angrainiさん
写真:北方生物圏フィールド科学センター 准教授の伊佐田 智規さん(左)、環境科学院 修士1年のWilly Angrainiさん(右)(撮影: 菊池 優)

「国際的な研究ネットワークにデータを提供し、世界の中での共通性、特殊性を明らかにすることは重要です。一方で、地域の課題を解決する応用的な研究や、個別の問題点に対応した研究というのも大切で、この実験所には、グローバル・ローカル両方に対応できる研究環境が整っていると思います」と話す実験所長の仲岡さん。最近では、ソニーグループ株式会社とも連携し、最先端のセンサーや通信技術を活用して、より精度の高い海中調査システムの開発にも取り組んでいます。

受け継がれてきたものを次世代へ

多岐にわたる研究と教育活動に精力的に取り組む厚岸臨海実験所。仲岡さんは、「これまでの研究で、藻場が持つ役割や機能が分かってきたので、次は地域の人達がそういった生態系を残すことで地球環境の維持に貢献し、さらには地域の発展につなげられるような仕組みづくりにも取り組みたいです。そうしたことを実現するためには、科学者だけではなく、様々な関係者が議論していく必要があると思っています。またそういったことに将来取り組んでいきたい学生達を育てていくことも重要だと考えています」と、今後の展望を語ります。

90年以上にわたって、受け継がれてきた自然環境と、歴史的建造物、そして蓄積された経験と観測データ。厚岸臨海実験所では、こうした資源をいかして最先端の研究成果を世界に発信するとともに、様々な現場体験を通じて次世代に海の生態環境を伝えています。

厚岸湾でのフィールド調査の様子(撮影: Aprilia Agatha Gunawan)厚岸湾でのフィールド調査の様子(撮影: Aprilia Agatha Gunawan)

※1)DOCOMOMO Japan:近代建築の記録と保全を目的とする国際学術組織ドコモモの日本支部
※2)ブルーカーボン: 海洋生態系に隔離・蓄積される炭素。海洋生態系によって海中に蓄積される炭素固定能の事を指す場合もある。

【創成研究機構/広報課 学術国際広報担当 川本 真奈美】

「知のフィールド」シリーズとは

北海道大学の研究・教育施設は、札幌・函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積はおよそ7万haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究・教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。

知のフィールド #7 北海道大学 厚岸臨海実験所「海、森、川 つながる世界で」

[出 演]
仲岡 雅裕(北方生物圏フィールド科学センター 厚岸臨海実験所長)
伊佐田 智規(北方生物圏フィールド科学センター 厚岸臨海実験所)
川島 有貴(理学部4年 ※取材当時)
文谷 和歌子(理学部4年 ※取材当時)
Willy Angraini(環境科学院 修正1年 ※取材当時)
北海道大学 厚岸臨海実験所の皆さん

[ナレーション]
菊池 優(取材・撮影:北大創成研究機構)

[テロップデザイン]
岡田 善敬(札幌大同印刷)

[撮 影]
伊藤 広大(GEOGRAMS)
林 忠一(北方生物圏フィールド科学センター 企画調整室)
Aprilia Agatha Gunawan(広報課 学術国際広報担当)

[企画・制作]
広報課 学術国際広報担当
川本 真奈美(取材:創成研究機構)
早岡 英介(撮影・編集:CoSTEP 客員教授/羽衣国際大学 教授)