【動画公開】総長が行く「知の探訪」Vol.5「がん治療に、物理のチカラを」

総長 寳金清博、工学研究院 教授 松浦妙子

医学博士で脳外科医の寳金清博総長が、北海道大学の魅力あふれる研究者たちを訪問する「総長が行く『知の探訪』」シリーズ。第5回は「がん治療に、物理のチカラを」と題し、工学研究院の松浦妙子教授と対談しました。物理学の知見を医療に応用し、がん治療の新たな選択肢として注目されている「陽子線治療」の研究に携わる松浦先生。研究の面白さや、北海道大学の医工連携の将来について語り合いました。

【日英字幕付き】総長が行く「知の探訪」Vol. 5「がん治療に、物理のチカラを」寳金清博 総長 × 松浦妙子 教授


宇宙に憧れた子ども時代

寳金 まずは、松浦先生が放射線治療という分野に進んだきっかけを聞かせてください。もともとは物理の研究をされていたと聞いていますが、医療に関心を持たれたのはいつ頃だったのでしょうか。
松浦 はい、私は理学部出身で、大学院では理論物理の研究室に所属していました。子どもの頃から宇宙や時空に興味があり、ホーキング博士やアインシュタインに関係した著作を読んで、物理学に憧れていました。大学では加速器を使った実験に携わらせて頂き、大学院では素粒子物性に関係する研究を行っていました。

工学研究院 松浦妙子教授 工学研究院 松浦妙子教授

松浦 転機が訪れたのは、イタリアでポスドクをしていた頃です。将来、このまま純粋な物理学の研究を続けていいのか悩んでいた時期に、陽子線治療センターの立ち上げに関わる研究者のセミナーを聞く機会がありました。そこで「自分の物理の知識が医療に生かせるなら」と強く感じ、放射線治療の道に進むことを決意しました。
寳金 物理学の知見が医療に応用されるというのは、まさに異分野融合の象徴ですね。北海道大学としても、そうした研究者の存在は非常に心強いです。


正常な臓器を守る「陽子線治療」

寳金 がん治療に使われている陽子線治療の特徴を教えていただけますか。従来の放射線治療と比べて、どのような利点があるのでしょうか。

寳金清博総長寳金清博総長

松浦 陽子線は、体内に入るとある特定の深さで止まり、そこに集中してエネルギーを放出します。がんの位置に合わせて照射することで、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えることができます。従来のエックス線治療では、放射線が体内を通過するため、がん以外の組織にもダメージが及びます。陽子線治療はその課題を克服し、患者への負担を大きく軽減することができます。
寳金 陽子線治療を使ったがん治療の有利な点の1つは、侵襲が少ないということですね。
松浦 はい。現在は「スポットスキャニング」という技術を用いて、がんの形状に合わせて陽子線を照射し、適切な線量で治療をしています。
寳金 なるほど。治療の効果という点では、従来の放射線治療とどういう違いがありますか。
松浦 腫瘍そのものに対する効果は、同じ線量では陽子線の方が少し効果が高いくらいというふうに言われています。ただ、陽子線治療の最大のメリットは、やはり周りの臓器などを守れるということだと思います。

陽子線治療センターの治療室の様子陽子線治療センターの治療室の様子
左 右
治療室の裏側の様子。陽子線を患者に照射する「ガントリー」という巨大な装置が回転する


未来の陽子線治療に向けて

寳金  治療計画にはどのように携わっていますか。
松浦 まず、医師がCT画像に基づいて腫瘍と臓器の位置を特定します。それに応じて、私たちがビームの照射方法を検討します。どこからビームを入れて、どのように線量を集中させればよいかを計算しますが、大部分は自動でできます。また、治療の精度を高めるための研究も続けています。
寳金 具体的に松浦先生がいま携わっている研究について教えてください。
松浦 大きく分けて2つあります。1つは、患者さんの体の中をもっと詳しく見るために、MRI(磁気共鳴画像法)装置を陽子線治療装置と組み合わせられないかと考えています。陽子線治療装置のビーム照射の精度はかなり良くなっているんですが、例えばそれで手術で切り取るのと同じようなことができるかというと、それはビームの性質だけではなく、いかにその患者さんの体の中を正確に見れるかということも重要になってきます。MRIは磁場を使って体内の構造をリアルタイムで可視化する技術で、臓器そのものを見ながら照射できるメリットがあります。そうした技術を組み合わせた装置について研究を行っています。
寳金 MRIで画像が確認できて、位置決めができるんですね。素晴らしいと思うんですが、技術的にはとても大変だなと想像できます。MRIは磁石、磁場を使っていますよね。同時に、陽子線治療では陽子線の方向を変えるのに磁場を作っていると聞きました。そもそも、物理、工学的に、MRIと陽子線治療装置を同じ装置に組み込むことは可能なのでしょうか。
松浦 たくさんの困難や、チャレンジングなことがありますが、一歩ずつ進めている状態です。MRIの概念設計をメーカーの方と進めていて、MRIを陽子線の照射ノズルに組み込むとどうなるかなど、数値計算で実験をしています。

模型で陽子線治療装置の説明をする松浦教授(右)と寳金総長模型で陽子線治療装置の説明をする松浦教授(右)と寳金総長

寳金 工学的なチャレンジがものすごく大きいですね。実際に、本当に腫瘍に陽子線が当たったかどうかは、どう調べるのでしょうか。
松浦 それが2番目の研究になります。いくつか提案されている方法の中で、私たちが考えているのは、超音波を使う方法です。陽子線が腫瘍に正確に当たったかどうかを確認するために、照射時に発生する微小な超音波を捉える方法を開発中です。患者さんの体表にいくつかのセンサーを付けて、その超音波を捉えることで、今陽子線がどこに当たったかというのを見たいと考えています。
寳金 なるほど。陽子線が当たった場所を特定する精度はどのくらいですか?
松浦 寒天や水など均質な物質では、誤差は1ミリより小さいくらいの精度で位置を特定できます。エコー検査が可能な臓器であれば、非常に有効だと思います。
寳金 それはすごいですね。陽子線がどこに効いたかがよくわかりますし、当たった場所がちゃんと患者さんにも説明できますね。

陽子線を作り出す「加速器」(左の赤い部分)と、陽子線を照射する「ガントリー」の模型陽子線を作り出す「加速器」(左の赤い部分)と、陽子線を照射する「ガントリー」の模型
陽子線を作り出す加速器の外観陽子線を作り出す加速器の外観


医工連携の理想的な環境

寳金  先ほど見学した陽子線治療センターから工学部までは、歩いて10分もかかりませんでした。北海道大学は、医学部と工学部が物理的に近くて、歩いて行けるところにあるのはいいですよね。
松浦 立地的には最高ですね。朝は病院や陽子線治療センターで仕事をして、そこから移動して2時間目には工学部で授業をすることもあります。授業は、学部生には数学と量子力学、大学院では陽子線治療に関する物理や治療工学を教えています。
寳金 先生のご研究は、まさに医工連携のモデルケースだと思います。今後は、こうした取り組みをさらに広げていきたいですね。

陽子線治療センター外観。工学部はこの裏手にある陽子線治療センター外観。工学部はこの裏手にある


医工連携の理想的な環境

寳金 陽子線治療装置は、宇宙空間の研究などにも使えると伺いました。具体的にはどのような応用があるのでしょうか。
松浦 宇宙空間に飛び交う高エネルギーの放射線を宇宙線と言いますが、宇宙線の約90%は陽子で構成されています。しかも、偶然ですが陽子線治療で使用している陽子線は、そのエネルギー帯と一致していて、宇宙空間の環境を地上で模擬することができます。たとえば、人工衛星に搭載される半導体やセンサーなどは、宇宙空間で強い放射線にさらされます。陽子線治療センターを使えば、これらの機器がどれだけ耐えられるかを地上で試験できます。
寳金 宇宙空間で起こる陽子線の影響を地上でシミュレーションできるということですね。興味深いです。

加速器室にて加速器室にて


工学がひらく医学の未来

寳金 北海道大学は地理的にも医工連携しやすい場所だとお話ししましたが、松浦先生の研究の環境として他にも良い点はありますか。
松浦 やっぱり陽子線治療センターがあるということが大きいです。あとは放射線治療科の先生との結び付きがすごく強くて、例えば勉強会をやったり、研究も一緒にプロジェクトをやったりしています。
寳金 将来、医学部と工学部が連携した「医工連携」を大学でやりたいなという高校生や小、中学生にメッセージをお願いします。
松浦 高校に出張講義に行くと、「医学的な貢献が工学部でできると思わなかった」というような感想をいただきます。陽子線治療ってすでに完成しているように見えて、今もすごく技術が進んできていて、まだまだ足りないこともあるので、一緒にもっといい治療を実現してくれるような方が北大に入ってきてくれると、とてもうれしいなと思います。
寳金 北海道大学としても、こうした医工連携の取り組みは強みだと思います。医工連携のリーダーとして、これからも期待しています。ありがとうございました。

対談の様子

英語版はこちら
English version is here.
The President's Adventures in Knowledge-Land Vol. 5 - Physics at the Forefront of Cancer Therapy