人獣共通感染症との戦い#4 産学連携でインフルエンザや新興感染症と闘う

人獣共通感染症国際共同研究所 客員教授 佐藤彰彦

シリーズ「人獣共通感染症との戦い」の第4回。本シリーズでは、人獣共通感染症をはじめ、その他の新興・再興感染症を制御する北海道大学の取り組みを紹介していきます。

佐藤 彰彦(獣医学博士)
・人獣共通感染症国際共同研究所 客員教授
・塩野義製薬 創薬疾患研究所 主席研究員
・研究分野:ウイルス学、抗ウイルス薬開発

佐藤彰彦さんは、2005年に北海道大学と塩野義製薬との共同研究プロジェクトに携わりました。そのおかげで、「子どものころからの夢が叶った」といいます。

「小学生の頃に野口英世の伝記を読んでから黄熱ウイルスに強い興味を持っていました。北海道大学に来て、初めて黄熱を引き起こすフラビウィルスを観察することができ、どんな様子のウイルスかがわかり、とても興奮しました。長い間、この目で見てみたいと願っていましたから」。

野口英世は細菌学者で、進行性麻痺・脊髄癆(せきずいろう)が梅毒スピロヘータに起因することを実証した。黄熱の研究をしていた1928年に自身も黄熱に罹患し、死去。
野口英世は細菌学者で、進行性麻痺・脊髄癆(せきずいろう)が梅毒スピロヘータに起因することを実証した。黄熱の研究をしていた1928年に自身も黄熱に罹患し死去(Noguchi Hideyo Memorial Hall)

佐藤さんは、2013年に塩野義のポストを兼任しながら現職につきましたが、まさに野口博士と同じ道を歩み、発展途上国の人々を襲うラッサ熱やデング熱などの感染症の研究に邁進する日々を送っています。とくに最近、ラッサ熱の治療薬の開発では大きな進展がありました。ラッサ熱はラッサウイルス(アレナウイルス科)によって引き起こされるウイルス性出血熱で、ショック、発作、手足の震え、意識障害などの症状があり、重症化すると昏睡状態に陥り、死に至ることもあります。ベニン、トーゴ、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリアなど西アフリカの国々に見られる風土病という位置づけの感染症です。

抗インフルエンザ薬の開発に携わる

佐藤さんは、ウイルスの専門家として40年以上の経験があります。しかし、塩野義製薬に入社してウイルス研究に携わった当初は、抗ウイルス薬の開発は注目を集める分野ではありませんでした。1974年に世界初の抗ウイルス薬アシクロビルが米国で開発されましたが、抗ウイルス薬の開発が加速したのは、1980年代の後天性免疫不全症候群(AIDS)を引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)の発見や、遺伝子工学の発展のあとでした。

塩野義では、HIV/AIDS治療薬の研究開発に大半の時間をつぎ込んでいましたが、同時に抗インフルエンザ薬の研究も開始しました。世界保健機関(WHO)によると、インフルエンザに罹患して重症化するのは年間3百万〜5百万人に上り、そのうち29万〜65万人が呼吸器系疾患で死亡しています。抗インフルエンザ薬の研究に取り組むには、北海道大学は理想的な研究機関でした。「北海道大学には優秀な研究者がたくさんいて、豊富な研究資源があり、私の研究の範囲が広がりました」と佐藤さんが語るように、北海道大学には、喜田宏さんや迫田義博さんなど世界的なインフルエンザ専門家が在籍し、人獣共通感染症国際共同研究所が保有するウイルスの卓越したライブラリーもあります。2008年には、初めて国立大学法人の敷地内に建設された民間企業の研究施設、シオノギ創薬イノベーションセンターが北海道大学内に設立され、塩野義と北海道大学の連携は深まっていました。

とくに、喜田さんの助言は重要でした。「北海道大学と共同で行った抗インフルエンザ薬ペラミビルの研究開発では、喜田先生から大切なことを学びました。ほとんどの研究者は定量計測が難しい、症状の変化に注目します。しかし、喜田先生は、臨床試験において薬を投与した後にウイルス量を正確に測るよう助言してくれました。そして、ペラミビルの投与後にウイルス量を測ったところ、我々が目指していたようにウイルス量が劇的に減っていたのです」と、佐藤さんは振り返ります。

ペラミビルは、もともと米バイオクリスト社によって開発されましたが、他の製薬会社が上市に失敗。佐藤さんらの共同研究の結果を受けて、塩野義が点滴静注液ラピアクタとして市場に出しました。ラピアクタは非常に効果が高い上、副作用も少なく、経口薬を嫌がる子どもへの治療にも適していました。

医薬品設計で頼りになる「2メタル結合モデル」

佐藤さんは、最新の抗インフルエンザ薬ゾフルーザの開発にもかかわりました。この薬は、ウイルスの複製を妨げる作用を持ち、2018年に販売が開始されました。開発には、塩野義が開発した抗HIV/AIDS薬ドルテグラビル(ヴィーブヘルスケア社がテビケイとして発売)と同じ医薬品設計の原理を用いたといいます。

ドルテグラビルは、インテグラーゼという酵素を阻害してAIDSを治療します。インテグラーゼは、HIVなどのレトロウイルスが、ウイルスのDNAを宿主のDNAに取り込ませる際に重要な役割を果たすため、ウイルスにとって必須の酵素です。

ドルテグラビルの開発にあたって、塩野義は、より安全(低毒性)で効果の高い製薬が可能な「2メタル結合モデル」を活用しました。インテグラーゼは、その活性中心に2つのメタル(マグネシウム)を有しており、ドルテグラビルはその2つのメタルに結合することで酵素の活動を抑制し、ウイルスの複製を阻害します。佐藤さんらは、インフルエンザウイルスにもウイルス複製に重要な役割をする、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ(CEN)と呼ばれる2メタル酵素があることに注目しました。「ドルテグラビルと同様の骨格をもつ薬は、CENの活性中心にあるメタルに結合できる可能性が高いと考えました。この予測に基づいて抗ウイルス活性のある化合物を見つけ、化学構造の最適化を行い、それがゾフルーザの開発につながったのです」。

ゾフルーザは、他の抗インフルエンザ薬とは基本的に全く違った働きをします。タミフルやイナビルといった他の抗インフルエンザ薬がノイラミニダーゼと呼ばれる酵素を阻害し、感染した細胞からウイルスが放出され他の細胞に感染するのを防ぐのに対し、ゾフルーザは体内のウイルスの増殖を抑えるように設計されているのです。「ドルテグラビルやゾフルーザの成功例が示すように、2メタル結合モデルは他の抗ウイルス薬を開発する際には、強力な化合物設計理論となっています。塩野義はこの考えのもと、2メタルの化学化合物の大規模なライブラリーを構築しています」。

CENなどウイルスの主要な酵素の活性中心には2つのメタル(マグネシウム)が存在する。抗インフルエンザ薬のゾフルーザはこの2つのメタルに結合し、ウイルスの酵素の活動を抑制する。(Scientific Reports (2018)8:9633)右のイラストでは、薬の化合物は中央の赤い部分で、2つのメタルは紫で表示されている
CENなどウイルスの主要な酵素の活性中心には2つのメタル(マグネシウム)が存在する。抗インフルエンザ薬のゾフルーザはこの2つのメタルに結合し、ウイルスの酵素の活動を抑制する。(Scientific Reports(2018)8:9633)右のイラストでは、薬の化合物は中央の赤い部分で、2つのメタルは紫で表示されている

発展途上国の疾病に立ち向かう

北海道大学のウイルスライブラリーと塩野義の2メタル化学化合物のライブラリーを組み合わせることで、新薬開発に必要な候補化合物を格段に早く発見することができるようになりました。「ある疾病に対してゼロから化学骨格を作って創薬するのは、長い年月がかかります。しかし、北海道大学が保有するウイルスに対して、塩野義のライブラリーにある2メタル化合物の効果を調べるのは、とても効率が良い方法です」と佐藤さん。北海道大学が、一つの民間企業だけでは保有や利用ができないような様々なウイルスを保存していることも、新薬を開発する上では大きなメリットになります。

この方法で、佐藤さんはラッサ熱や南米出血熱の治療に有効な2メタル化合物をすでに発見しています。「CENを抑制する薬は、4大出血熱のうち、エボラ出血熱を除く3つ(ラッサ熱、クリミアコンゴ熱、南米出血熱)に効果があることがわかりました」。また、同じ人獣共通感染症国際共同研究所の澤洋文さんのチームが分離に成功した新興感染症ウイルスに対する創薬にも、日々取り組んでいます。

透過型電子顕微鏡で撮影したラッサウイルス。ウイルス粒子の周辺にあるのは細胞の破片
透過型電子顕微鏡で撮影したラッサウイルス。ウイルス粒子の周辺にあるのは細胞の破片(CDC/C. S. Goldsmith)

今後の課題は、どのように新薬の臨床試験を進めるかということです。製薬会社は、罹患者数が少ない風土病的な感染症の治療薬開発には、経済的理由から後ろ向きです。佐藤さんが、国際機関等に臨床試験への経済的支援を呼びかけているのは、そうした理由からです。ただ、支援者が見つかったとしても、課題は残ります。アフリカなど遠隔地で臨床試験をするには、現地のパートナーが必要になってくるからです。

ウイルス性出血熱は致死率も高く、早急に効果的な治療薬を提供する必要があります。通常、安全性を確認して一つの薬の開発を終えるまでに10~20年かかるといいますが、新興感染症の薬に対しては承認を早める傾向にあります。早急にできる限り多くの生命を救わなければならないからです。そのため、早期に有効な治療薬を見出すことが期待されています。

佐藤さんは、「今まで、多くの重症患者を治療する薬の研究開発に打ち込んできました。これからは、発展途上国の貧困層を苦しめる感染症に対して新しい薬を開発し、社会貢献していきたいと思います。できる限り多くの子ども達を感染症から守りたいです」と、今後の抱負を語ってくれました。

この記事の原文は英語です
Tackling Global Issues Vol.3 Fighting the Menace of Zoonosesに掲載