【分野横断で描く未来#1】専門領域を超えて北大の若手精鋭が集結―毒性学から始まる対環境汚染プロジェクト

獣医学研究院 教授 石塚 真由美

分野横断型5チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#1
石塚 真由美(いしづか まゆみ) 教授 大学院獣医学研究院 毒性学

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型の5チームを結成しています。

世界各地に広がる環境汚染。汚染地域で起きているヒト・動物・環境の毒性や汚染の仕組みを明らかにし、未来の光景を異分野連携の力で変えていこうとする意欲的なプロジェクトが動いています。
本プロジェクト《地球規模のケミカルハザード問題への異分野連携:「北大 tackling team」による取り組みと基盤構築》の研究代表者(PI)は、毒性学が専門の石塚真由美教授(獣医学研究院)。学生の一言で異分野連携の重要性に目覚め、多彩な顔ぶれのネットワークを構築し、本プロジェクトを推進しています。

石塚教授。実験室にて

―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[石塚]獣医学の中でも私が専門とする毒性学の役割は、環境汚染の原因とされる化学物質がヒトや動物の体内でどういう影響を及ぼしているかを定量評価し、そのメカニズムを明らかにすることです。
ところが多くの場合、化学物質が個体に及ぼす影響はわかっても、その先の生態系にどう影響を及ぼしているのか、さらには環境汚染が社会経済にどういう影響を与えているのかといった疑問は、いまだ解明されていないことばかりです。
「汚染地域で起きていること」のつながりが途切れてしまっているのです。

こうした背景もあり、現在、毒性学ではAOP (Adverse Outcome Pathway;有害性発現経路)というコンセプトが浸透しつつあります。Adverseとは「副作用」の意味。これまで個別に研究されていた化学物質の個々の作用を細胞レベルからフィールドレベルまで一気通貫した道のりとしてとらえてみようという考え方が動き出しています。

  • 汚染度合いを調査するためサンプルを取る(ザンビアにて)汚染度合いを調査するためサンプルを取る(ザンビアにて)
  • 大量のサンプルを北大に送り、最新の装置で解析する大量のサンプルを北大に送り、最新の装置で解析する

私たちが掲げる「地球規模のケミカルハザード問題」の修復あるいは解決の道を探るためには、毒性学単体の活動では到底力不足です。疫学、保健医学や工学、農学、情報科学などのさまざまな分野の力を集結して、私たちが今見ている汚染地域の景色を変えていきたい。その思いに賛同して集まってくれた若手・中堅研究者たちを総称して「北大 tackling team」と命名しました。

具体的には以下の目標を掲げています。

地球規模のケミカルハザード問題への異分野連携:「北大 tackling team」による取り組みと基盤構築

・情報科学を駆使した環境汚染における予測AOP(Adverse Outcome Pathway)の新たな概念の提唱

・保健・毒性学にさらに経済学、工学、農学等を取り入れた環境汚染の影響評価

Evidence-basedのオンデマンドレメディエーションの開発

Zoobiquityによる人と動物の環境汚染影響研究の新展開と霊長類を取り入れた高度化

・海外フィールドにおける実践的サーベイランス・評価手法の開発

・若手・中堅研究者による新たな異分野連携の国際共同研究基盤の構築

・環境化学物質の長期・短期におけるゲノムへの影響解析とシミュレーション

構想図

―北大からは10名を超す研究者が参加し、ザンビア大学や千葉大学、愛媛大学などとも連携していますね。

[石塚]北大は伝統的にフィールドサイエンスに強く、意欲的な研究者たちがどんどん海外のフィールドに出て活躍しています。そうしたフットワークの軽さが、今回のチーム編成にも色濃く影響していると思います。
フィールドワーカーが半数近くを占めているので、話も通じやすく、皆さん非常にアクティブです。実際、各メンバーが自発的に小規模なコラボを始め、ネットワークが枝葉のように広がっており、いい意味でどこまで広がるのか私にもわかりません(笑)。

分野も組織も超えて連携が広がっている分野も組織も超えて連携が広がっている

[石塚]ザンビア大学と北大獣医学部とのつながりには長い歴史があります。かつてザンビア大学に獣医学部を設立するときに、長年交流があった北大の教員が現地まで足を運び講義を行うなど、その設立をお手伝いしたという結びつきが現在も協力関係の土台になっています。
ザンビアをはじめとするアフリカ諸国の環境汚染の実態は、長らく"ブラックボックス"状態と言われており、予防の基盤となる科学的データを出すための研究の蓄積が遅れています。今回調査しているザンビアの鉛汚染の実態をエビデンスベースで明らかにできれば、今後指標とするモデルになるのではないかと期待しています。

コロナ禍の現在は各メンバーがこれまで蓄積してきたデータの解析や論文執筆に集中しているという コロナ禍の現在は各メンバーがこれまで蓄積してきたデータの解析や論文執筆に集中しているという

―毒性学は、いろいろな分野とつながっているのですね。

[石塚]毒性学を含め、獣医学と異分野の連携プロジェクトは他大学にもあるかもしれませんが、ここに経済学や工学、農学関係者も巻き込んでいる例はそう多くはないのかもしれません。
「北大の獣医学」と聞くと、大半の方が臨床で活躍される"動物のお医者さん"を連想されると思いますが、現代の獣医学では世界的な人獣共通感染症の拡大に関する研究や、ヒトと動物をつなげて考える汎動物学(Zoobiquity)も重要視されています。ヒト、動物、生態系、そして環境へと獣医学の領域は大きく広がっています。

実は私自身もかつては自分の研究分野しか視野に入っていませんでした。調査した汚染地域の住人に、「この地域はこれくらい汚染されていて、皆さんにはこれくらいのリスクがあります」という毒性評価を告げて、おしまい。
あるとき、学生に言われました。「住民の方から"じゃあ、この先自分たちはどうすればいいんだ?"と聞かれても僕たちは何も答えられないんですね」。言葉に詰まりました。
そこからです。知っている異分野の先生に声をかけたり、論文を読んで「一緒に研究ができたら楽しそうだな」と思った先生に「はじめまして」のメールを送ったりして、課題解決に力を貸してくれる仲間を増やすためにアクションを起こしています。相手に驚かれたり、失礼だったりすることもあるかもしれませんが、「私たちにはどうしてもやりたい研究、実現したい社会がある」、その一心で動いています。

石塚教授。居室にて

―先生の研究では情報科学も重要だとうかがっています。

[石塚] 従来は血液内の分子をピンポイントで追いかけていましたが、現在は分析技術が格段に進歩し、網羅的解析ができるようになりました。化学物質に暴露された人とされていない人の遺伝子発現の差異がわかるのです。
そうした数万単位の遺伝子解析をするには、その分野のプロの力が必要です。同時に、今後は経済学や保健医学からも地域を横断する情報が入ってくるので、それをどう処理していくかで見えてくる答えも変わってきます。
個体レベルから地球規模までの多様なデータを処理できる情報科学の専門家の存在が非常に心強いです。
メンバーの意欲も高く、やりたいことは山ほどあります。フィールドの声に耳を傾けながら、分野連携のつながりで新しい環境汚染対策の未来を示していけたら、と思っています。

実験室にて

[プロジェクト名]

創成特定研究事業 地球規模のケミカルハザード問題への異分野連携 :「北大 tackling team」による取り組みと基盤構築

[研究構想]

研究構想(PDF)

PI

石塚 真由美 (ISHIZUKA Mayumi) 教授 大学院獣医学研究院 毒性学

[研究室HP

大学院獣医学研究院 毒性学教室

[主な協力機関]

ザンビア大学、米国地質研究所、千葉大学、愛媛大学、ノースウエスト大学

[企画・制作]

創成研究機構(総務企画部広報課 学術国際広報担当) 川本 真奈美(企画)

株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集)

佐藤 優子(インタビュアー、ライティング)

PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)