【分野横断で描く未来#4】合成プロセスからサステナブル―高分子"超"合成法を提唱

工学研究院 教授 佐藤 敏文

分野横断型5チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#4
佐藤 敏文(さとう としふみ) 教授 大学院工学研究院 高分子化学

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型の5チームを結成しています。

スーパーに並ぶプラスチック容器からパソコン内部の各種デバイスまで、私たちの日常は有機・高分子材料から作られたもので溢れかえっています。ところがーー。「高分子合成で出来上がったものはどれも素晴らしい。けれども問題はその生成プロセスにあるんです」と指摘するのは、本事業で「"超"合成法の創成」に挑む佐藤敏文教授(工学研究院)です。
佐藤教授たちは有害な化学物質や溶媒の使用を可能な限り削減する、クリーンでサステナブルな高分子材料の創製法を提唱。新しいものづくりの扉を開こうとしています。

工学研究院 佐藤敏文教授。居室にて 工学研究院 佐藤敏文教授。居室にて

―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[佐藤]大学や企業を問わず、クリーン(環境低負荷)でサステナブルな高機能性有機・高分子材料の開発はこれまでに数多く検討されてきましたが、残念ながらその調製プロセスでは未だに大量の有害化学物質や有機溶媒が使われています。それらを安全かつ適切に処理するためにエネルギーが使われ、地球環境に負荷がかかっているのが高分子材料開発の現状です。
この現状を変えていけたら、というのが我々の研究室の目標です。具体的には、生分解性・生体適合性ポリマー(プラスチック)の調製に必要な有機金属触媒に取って代わる、メタルフリーで低毒性の有機分子触媒による合成法を開発しています。また、使用する試薬や溶媒の大幅な削減を目指し、従来、多段階反応で合成していた高分子材料をワンステップで生成する手法を開発しており、従来法と同性能のポリマーが調製できることを既に報告しています。

  • 実験室1
  • 真空チャンバ

本プロジェクトはこうした研究成果をさらに発展させ、クリーンでサステナブルな"超"合成法による高機能性材料の創製を目指します。

《"超"合成法の創成 -高効率調製法による高機能性材料の創製-》

・"超"合成法によるフレキシブルデバイスの調製("超"合成法による特殊構造高分子)

・"超"合成法による機能性配列制御高分子の調製(高分子ナノ粒子の調製)

・"超"合成法による刺激応答性高分子ブラシの調製(刺激応答性高分子ブラシの調製)


我々が提唱する"超"合成法を支えるワンステップ法とは、これまで幾つもの段階に分かれていた調製の過程を一つのフラスコの中で完結しようとするもの。すべての原材料をフラスコに入れるだけで、順次に反応が切り替わり、目的物を合成する非常にシンプルな調製法です。有機化学の分野ではすでに導入されている研究者もおられますが、我々のようにプラスチック合成で導入している例は、そう多くはありません。

ワンステップ法は数種類の高分子合成反応を制御する必要があるので、意図通りの分子配列を作るのが難しい。「簡単な制御はできるようになり、徐々にその精度は上がっています」(佐藤教授) ワンステップ法は数種類の高分子合成反応を制御する必要があるので、意図通りの分子配列を作るのが難しい。「簡単な制御はできるようになり、徐々にその精度は上がっています」(佐藤教授)

現在、このワンステップ法を用いて、伸縮自在な有機電子デバイスの調製や遺伝子デリバリーに有効な高分子ナノ粒子、様々な刺激に応答する高分子材料等の開発に取り組んでいます。こうした材料の開発には、世界の研究者たちがしのぎを削っていますが、我々も学内の他部局や台湾、中国、フランスの共同研究者たちとともに挑んでいます。

佐藤先生と学生

―本プロジェクトに参加する学生や若手の育成について、どのようにお考えですか?

[佐藤]講義で学生たちにはよく、「君たちの力を120%にするのが我々教員の使命です」と伝えています。これを実践するには、世界トップレベルの研究で実験法等を教授し、その成果を国際的な学会や論文で堂々と発表できるように教育すること、これに尽きると考えています。
ただ、現実には私一人でできることは限られています。そこで力を貸してくれるのが研究だけでなく若手育成についても志を同じくする海外の共同研究者の方々です。国立台湾大学と北大との間で締結されたダブルディグリー・プログラムを活用し、こちらからも海外に人材を送り出せば、それもまた成長のチャンス。言語や文化が異なる慣れない環境でいかに結果を出すか。その試練の中で一回りも二回りも成長してほしいと願っています。


―クリーンでサステナブルな"超"合成法に関心を示す企業も多いのでは?

[佐藤]企業の中にはすでに率先してこの合成法の開発に取り組んでいるところがあるように、 "超"合成法の確立は、立場を超えてすべての化学産業が注目する共通課題であると考えています。
現在、世界的に石油由来のプラスチックの使用量削減が叫ばれていることは皆さんもご存知かと思います。しかしながら石油由来プラスチックの使用量は桁外れに多く、この代替品となる生分解性・生体適合性ポリマー(特に海洋分解性プラスチック)を大量に調製するとなると、現状では冒頭で説明した通り、有害化学物質や溶媒も大量に使われることになる...。

このジレンマを解消していくためにも、今は"超"合成法の概念を広めるとき。「こういうことができますよ」という長期的な視点を、化学産業に関わるすべての人や次代を担う研究者に伝え、サステナブルな未来を目指せる可能性を一人でも多くの人たちに届けたいです。

合成した高分子の絶対分子量を測定するサイズ排除クロマトグラフィー-多角度光散乱-粘度測定システム 合成した高分子の絶対分子量を測定するサイズ排除クロマトグラフィー-多角度光散乱-粘度測定システム

―本プロジェクトが成立する北海道大学の強みとはなんでしょう。

[佐藤]その答えは二つあると考えています。まず一つ目は2010年にノーベル化学賞を受賞された鈴木章先生のクロスカップリング反応の例からもわかるように、北大は日本のお家芸と言われる化学合成において非常に長い実績があります。
その中でも私の研究室では高分子を扱っていますが、一つの合成論を究めるだけでなく、学生一人一人が様々な合成法に取り組んでいるため、高分子合成の基本から応用までをきっちりと理解している人材を輩出することができます。基礎を知っているからこそ、多様な応用も提案できる。そういう意味で本プロジェクトは、我々が得意としているところを十二分に発揮できていると感じています。

そしてもう一つの強みは、北大はグリーンマテリアルやバイオマスを研究している人材が豊富で、部局を超えて協働できる環境も整っています。SDGsに対する取り組みも熱心で、「THE大学インパクトランキング」では、2020年は国内単独一位2021年も国内一位タイ。我々が最終的に目指す「クリーンでサステナブルな高機能性材料の調製法の開発、生産、使用後の回収、再利用」といった一連の流れを実現できる土壌が広がっています。
今後は、これらの取り組みを実社会の政策にどう落とし込んでいくかを考えると、文系研究者の参画も必要になります。将来的には緑豊かな北大が各部局の力を結集して、新しいものづくりの基準を提唱する発信地となる。そんな心躍る未来図を思い描いています。

左から工学研究院Xiaochao Xia 客員博士研究員、薬学研究院 佐藤悠介 助教、工学研究院 佐藤敏文 教授、電子科学研究所 三友秀之 准教授、磯野拓也 准教授 左から工学研究院Xiaochao Xia 客員博士研究員、薬学研究院 佐藤悠介 助教、工学研究院 佐藤敏文 教授、電子科学研究所 三友秀之 准教授、磯野拓也 准教授

[プロジェクト名]

創成特定研究事業 "超"合成法の創成−高効率調製法による高機能性材料の創製−

[研究構想]

研究構想(PDF)

PI

佐藤 敏文 教授(SATOH Toshifumi)工学研究院 高分子化学

[研究室HP

大学院工学研究院 高分子化学研究室

[主な協力機関]

国立台湾大学、国立台北科技大学、グルノーブルアルプス大学、フランス国立科学研究センター植物高分子研究所(CERMAV-CNRS)、ハルビン工程大学、重慶理工大学

[企画・制作]

創成研究機構(総務企画部広報課 学術国際広報担当) 川本 真奈美(企画)

株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集)

佐藤 優子(インタビュアー、ライティング)

PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)