【分野横断で描く未来#3】時代を先取りしたナノ医薬で北大を遺伝子医療の拠点に

薬学研究院 教授 原島秀吉

分野横断型5チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#3
原島 秀吉 (はらしま ひでよし)教授 大学院薬学研究 薬剤分子設計学

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型の5チームを結成しています。

21世紀の医薬品開発は、核酸医薬や遺伝子医療が主役の時代に突入しています。原島秀吉教授(薬学研究院)を中心とする北大の薬剤分子設計学研究室は20年近くの長きに渡り、独自のドラッグデリバリーシステム(DDS)を研究。世界をしのぐ研究成果をもとに北大産学・地域協働推進機構の大きなバックアップにより臨床応用が進んでいます。
本プロジェクト《ナノテクノロジーが拓く革新的未来医療の創出》は、将来的に北大をナノ医薬創製の拠点にしようとする原島教授たちの大きな足がかり。その全貌を聞きました。

薬学研究院 原島秀吉 教授。居室にて 薬学研究院 原島秀吉 教授。居室にて

―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[原島]20世紀における創薬の歩みは、時代の主役が分子医薬から抗体医薬へと移り変わり、21世紀の現在はナノテクノロジーを活用した核酸医薬や遺伝子医療の台頭により、劇的なパラダイムシフトが起きています。
核酸医薬とは、核酸(DNA、RNA)が標的タンパク質の元となるmRNAに直接はたらきかけてその機能を阻害する、あるいは発現を抑制します。ということは治療方法も、従来の対処療法から"悪いところを元から治す"根本治療へと大きく変わり、医療現場に画期的な変化をもたらしています。
2018年には世界初の siRNA核酸医薬品である「オンパットロ®」が、続く2019 年にはアデノ随伴ベクターによる遺伝子医療薬「ゾルゲンスマ®」が承認され、ナノメディシン時代の扉が大きく開かれました。
その鍵となる技術がドラッグデリバリーシステム(DDS)、体内の届けたい場所に届けたい量の薬を届ける薬物送達システムです。薬を運ぶカプセルは脂質膜で構成され、現在、世界中から注目を集めているファイザー社のCOVID-19対応のmRNAワクチンも、前述の「オンパットロ®」に使われている脂質(Dlin-MC3-DMA)をしのぐ機能を持つ脂質が使われ、DDSによって体内に運ばれていきます。

我々は1999年から独自のDDS研究を続けており、佐藤悠介助教を中心に機能性脂質を分子デザインするところから取り組み、今では核酸を肝臓へ世界最高水準の効率で送達可能な脂質ナノ粒子「多機能性エンベロープ型ナノ構造体」(MEND)の開発に成功しています。
体内動態と細胞内動態の両者に関わる多くのバリアを突破できるMENDは、「オンパットロ®」に使われている脂質と比較しても非常に優れた遺伝子送達能力を発揮することがわかっており、新薬開発に意欲的な国内外の創薬会社から熱い注目を集めています。
こうした長年の研究成果を踏まえ、我々のプロジェクトでは以下の目標を掲げています。

《ナノテクノロジーが拓く革新的未来医療の創出》
・肝繊維化を改善する新規拡散ナノ医薬の実現
・新興ウイルスパンデミックを回避するナノDDSの創製
・微小組織環境動態を制御する光操作性ナノマシンの創製

構想図

それぞれの研究分担者である薬学研究院の山田勇磨准教授、中村孝司助教、佐藤悠介助教たちはいずれもその分野で世界をリードしており、北海道大学が革新的未来医療の創出拠点となる未来図を、次代を担う彼らが描こうとしています。

―創薬の領域で北大がこれほど世界をリードできている要因はなんでしょうか。

[原島]一つは、我々が体内動態と細胞内動態の制御の研究に取りかかった時期が早かったこと。私が北海道大学に来て30年近く経ちますが、当時は学生だった佐藤くんたちが夢中になって研究を進めてくれました。その成果が今、花開いているんだと思います。

そしてもう一つ、我々が"創薬の北大"となれた決定的な要因は、我々が開発した創薬技術の特許取得を大学が全面的にバックアップしてくれたこと。これに尽きると思います。
他の追随を許さない創薬研究を続けるには、特許の取得が命綱のようなもの。国内だけではなく世界各国で特許を取得する必要があります。
特許の各国語の翻訳はじめ、その膨大かつ複雑な手続きを北大の産学・地域協働推進機構の本間篤 特任教授をはじめ関係者の皆さんが一手に担ってくれるおかげで、我々は目の前の研究に専念できます。我々の研究成果に関心を持つ製薬会社にとっても、大学が特許を持っているという安心感は非常に大きいと思います。

大学の予算配分の中でもかなりの割合を占めるであろう、巨額の特許取得費用と、それに付随する煩雑な手続き代行。この両側面から我々をバックアップしてくれている北大の理解がなければ、ここまでの進歩はなかったと思います。やっとその恩返しができる段階に来ていることがとてもうれしいです。

―原島先生たちの技術を活用した新薬は、すでに商品化されているのでしょうか。

[原島]一般に我々研究者が提供するナノ医薬が世に送り出されるには、何層もの臨床試験を経て、最短でも5年近くの歳月がかかります。実用化のラインに自分たちのナノ医薬をいくつ送り出すことができるのか。今は研究室全員でその数を増やしている最中です。
それと同時に遺伝子改変などの高次元のテクノロジーを扱うには使う側の倫理観が問われることになり、安全・安心に利用してもらうための議論はこれから積み重ねていく必要があると思います。

繰り返しになりますが、核酸医薬や遺伝子医療は悪いところを根元から断つ根本治療。医療行為とは異なる次元で、薬が直接患者さんを治すことができるようになる、人類の大きな進歩です。
北大がそうした遺伝子医療のメッカになるよう、若手が今精一杯頑張っていることを、このプロジェクトを通して広く知ってもらえたら、と思います。

実験室瓶

―若手を引きつける創薬研究の魅力とはなんでしょう。

[原島]「まるでSFのような夢物語をどこまで実現できるのか?」というテクノロジーの追求が、純粋に面白いんだと思います。時間はかかりましたが、自分たちの技術が進み、徐々に具体的な医療の話ができるようになると、北大の理解や企業の関心を含めどんどん自分たちのやりたいことが実現し、研究環境が整っていきました。
それを見ている好奇心旺盛な学生たちも「何か面白そうなことをやっている研究室なんだな」と集まってくる...そんな好奇心の連鎖が、今の"創薬の北大"を生み出したような気がしています。

前列左から薬学研究院 中村孝司助教、原島秀吉教授、電子科学研究所 高野勇太 准教授。後列左から薬学研究院 山田勇磨准教授、佐藤悠介助教 前列左から薬学研究院 中村孝司助教、原島秀吉教授、電子科学研究所 高野勇太 准教授。後列左から薬学研究院 山田勇磨准教授、佐藤悠介助教

[プロジェクト名]

創成特定研究事業 ナノテクノロジーが拓く革新的未来医療の創出

[研究構想]

研究構想(PDF)

PI

原島 秀吉 教授(HARASHIMA Hideyoshi)大学院薬学研究 薬剤分子設計学

[研究室HP

大学院薬学研究 薬剤分子設計学研究室

[主な協力機関]

北海道大学大学院薬学研究院、北海道大学大学院医学研究院、北海道大学大学院獣医学研究院、北海道大学電子科学研究所

[企画・制作]

創成研究機構(総務企画部広報課 学術国際広報担当) 川本 真奈美(企画)

株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集)

佐藤 優子(インタビュアー、ライティング)

PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)