【動画公開】知のフィールド #9 北海道大学 室蘭臨海実験所「海藻に見る、生命の仕組み」
北方生物圏フィールド科学センター教授 長里千香子
<写真>室蘭臨海実験所がある室蘭市の絵鞆半島(ドローン撮影:GEOGRAMS・伊藤 広大)
北海道大学が持つ3つの臨海実験所の一つ、室蘭臨海実験所。美しく多様性豊かな海に囲まれ、海藻専門の実験所として発展を遂げてきました。映像シリーズ「知のフィールド」第9弾では、室蘭臨海実験所と、そこで進められる研究の魅力を紹介します。
知のフィールド #9 北海道大学 室蘭臨海実験所「海藻に見る、生命の仕組み」
世界でも稀な海藻専門実験所
室蘭臨海実験所は、海藻の生理・生態学、発生学の研究を行うために、1933年に理学部の施設として設置されました。札幌から南へ約130キロ、車で2時間ほどの場所にある絵鞆岬に位置し、美しい海に囲まれています。
室蘭臨海実験所の正面玄関。研究棟には実験室、培養室、顕微鏡室、クリーンルームなどが揃い、宿泊棟も隣接する。(撮影:長尾 美歩)第7代所長の長里千香子教授は、「室蘭の周辺は、津軽暖流と千島海流が出会う場所で、海藻類を含めた生物の多様性が豊かな場所です。季節に応じて研究材料が豊富に得られ、実験室で培養することができれば一年中実験に取り組むことができます」と、実験所の魅力を語ります。「海藻を専門とする実験所は世界でも珍しく、国内外から研究者が集まります」とのこと。この実験所では、無菌培養や電子顕微鏡による解析、ゲノム編集など、これまで大型藻類では難しいと思われてきた技術にも取り組み、それを学びに多くの研究者が訪れるそうです。
実験所について説明する所長の長里千香子教授(撮影:長尾 美歩)広大な海で出会う不思議
ここで行われている研究の一つが、海藻類の配偶子の研究。動物の卵と精子による受精はよく知られていますが、実は海藻も精子と卵子をつくって繁殖するそうです。実験所の市原健介准教授は、「たった数マイクロメートルの精子や卵子が、広大な海の中で正しい相手、つまり同じ種の違う性と出会うのはすごいことだと思います。この仕組みに興味を持って研究をしています」と話します。
緑藻の培養操作を行う市原さん。緑藻の受精に関わる遺伝子を探る。(撮影:長尾 美歩)市原さんはこれまでの研究で、アオノリなど緑藻類の精子の表面にあるタンパク質を解析し、受精にかかわる因子を探してきました。ところが、その機能を推定はできても、断定するのは容易でなかったと言います。そこで市原さんたちは、近年急速に発展する「ゲノム編集」の技術に着目し、試行錯誤を経て、海藻類に導入することに成功しました。この技術を使って狙っていた遺伝子を壊す実験を行ったそうです。
「実際に遺伝子を壊すと、全く受精しなくなる様子が観察され、とても感動しました」と市原さん。つまり、この遺伝子が受精に重要な役割を果たしていることがわかったのです。この技術により、海藻類でも遺伝子レベルの研究が大きく進むようになったと言います。
実験室で培養されている緑藻や褐藻類(撮影:長尾 美歩)一方、特任助教の寺内菜々さんは、別の角度から受精の不思議を探っています。寺内さんが材料にするのは、ワカメ、昆布、ひじきなど、私たちにも身近な褐藻類。褐藻類の精子は鞭毛を持ち、動物の精子と同じように遊泳して卵子に出会うそうです。
「褐藻の精子は、光や卵子が出す性フェロモンに反応して鞭毛の動きを調整し、効率よく卵子に向かって泳ぐことができます」と寺内さん。光への反応を「走光性」、フェロモンへの反応を「走化性」と呼ぶそうです。精子の細胞内で、走光性と走化性は別の仕組みで制御されていると考えられてきましたが、寺内さんはこれを覆す現象に出会いました。
「ある時、光に向かって泳ぐはずの精子が、性フェロモンが存在すると、逆に光から逃げるように泳ぐことに気がつきました。」意図した実験ではなく、たまたま別の実験をしていた時に偶然に発見したとのこと。「海藻類に限らず、フェロモンが走光性に影響することは全く知られていなかったので、とても驚きました」と、当時の様子を語ります。現在、寺内さんは走光性と走化性を関連づける細胞内のメカニズムを明らかにしようと研究を進めています。
インタビューに答える寺内さん。褐藻類精子の走光性・走化性の研究を行う。(撮影:長尾 美歩)海藻を通じて生命の根源に迫る
受精に関する研究に加え、所長の長里さんは現在、褐藻類の表面を覆う「ネバネバ成分」に着目しているそうです。「褐藻類だけがつくるアルギン酸やフコイダンといった多糖類、いわゆるネバネバ成分が、一体どのような役割を持っているのか興味をもって研究しています」と長里さん。これらの多糖類の合成経路を調べるとともに、遺伝子を壊す技術を用いてそれらの役割を探っているといいます。
「アルギン酸やフコイダンの合成に関わる遺伝子を壊すと、細胞壁の構造や細胞の形に影響することがわかってきています。細胞壁は体を守る鎧のような機能を持っていますし、細胞同士を接着して多細胞体制を築くために必要な成分です。これらの多糖類は、褐藻類の複雑な形や大型化に関係しているのではないかと考えています」と長里さんは話します。
長里さんは、海の変化についても語ります。「年々、岸から50-100mのところでコンブが減っていると聞いています。環境変化に対して海藻の成長や遺伝子発現がどう変化するか調べ、将来的には、育種を通じて温度耐性を持つ昆布などをつくれるかもしれません。」
実験所近くの海岸でサンプリングする長里さんと市原さん(撮影:長尾 美歩)次世代を育てる
研究を引き継ぎ、発展させる次世代を育てるため、室蘭臨海実験所では様々な教育活動も行われています。文部科学省の教育関係共同利用拠点に指定され、北海道大学の学生実習はもちろん、全国の学生向けの共同実習や地元の子供向けの体験学習なども行われています。

公開臨海実習で全国から集まった学生が、海岸に棲息する多様な海藻を採取する様子(撮影:長尾 美歩)8月のこの日は、公開臨海実習「海藻類の分類・発生・細胞生物学」が行われていました。5日間のプログラムで、浜に出て海藻を採取して標本を作成したり、受精の顕微鏡観察を行ったりしていました。他大学から参加していた学生からは、「実際に海藻に触れることができて、興味が湧いて面白かった」、「将来は微生物の研究をするつもりでしたが、海藻にも興味を持ちました」といった声が聞かれました。
公開臨海実習で海藻の標本を作る様子(撮影:長尾 美歩)長里さんは、「海藻研究は、日本では研究者人口が多くない分野ですので、若い方々に興味を持って欲しい。そして、この分野に身を置くからには、他の人がやっていないテーマに取り組み、その分野の第一人者になって欲しいです」と、未来に向けて熱い思いを語りました。
室蘭臨海実験所の皆さん(撮影:長尾 美歩)【文:広報・コミュニケーション部門 南波直樹】
「知のフィールド」シリーズとは
北海道大学の研究・教育施設は、札幌・函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積はおよそ7万haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究・教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。
知のフィールド #9 北海道大学 室蘭臨海実験所「海藻に見る、生命の仕組み」
[出 演]
長里 千香子(北方生物圏フィールド科学センター 室蘭臨海実験所長)
市原 健介(北方生物圏フィールド科学センター 室蘭臨海実験所 准教授)
寺内 菜々(北方生物圏フィールド科学センター 室蘭臨海実験所 特任助教)
北海道大学 室蘭臨海実験所の皆さん
公開臨海実習参加者の皆さん
齋藤 有香(ナレーション)
[タイトルデザイン]
岡田 善敬(札幌大同印刷)
[撮影・編集]
伊藤 広大(GEOGRAMS)
長尾 美歩(広報課 広報・渉外担当)
[企画・制作]
広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
南波 直樹
齋藤 有香
長尾 美歩(広報課)
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